雪の庭は、フルーツ大福セット目当ての客で満席状態だった。店内は和やかな雰囲気に包まれていたが、その空気を一変させる怒号が響いた。
「テメー!ふざけるなよ!」
赤ら顔の小太りの中年男が、立ち上がりながら怒鳴る。向かいには、やせ型の若い男性が困惑しつつも苛立った様子で応じた。
「だから、謝ってるじゃないか!」
その一言でさらにヒートアップする中年男が、椅子を蹴るようにして詰め寄る。
「謝った?ふざけんな!何が『すまん』だ!それが謝罪になると思ってんのか!」
「ちょっと肩が触れただけだろ!そんなことで大騒ぎするなよ!」
二人の声が店内に響き渡り、周囲の客たちは小声でざわつき始めた。カップを持つ手を止め、事態を見守る者もいる。店内の平和だった空気が緊張感に飲まれていった。
その中、ヴィクトリアが音もなく二人の間に割って入った。冷静で柔らかな声が響く。
「お客様、こちらのお客様も謝罪されたことですし、お怒りを鎮めてくださらないでしょうか?」
しかし、中年男は顔を歪め、さらに声を荒げた。
「あんな態度で謝ったって、謝ったうちに入るかよ!」
ヴィクトリアは微笑みを崩さず、やせた若い男性に視線を向けた。
「もう一度、謝罪されてはいかがでしょうか?」
不満げに眉をひそめた若い男性は、渋々と頭を下げた。
「申し訳なかった。」
ヴィクトリアは再び中年男に向き直り、穏やかに語りかける。
「こちらのお客様は、このように謝罪されています。どうぞお怒りをお鎮めくださいませ。」
だが、中年男の怒りは収まる気配を見せなかった。
「誠意が感じられない!」
その言葉に若い男性もついに苛立ちを爆発させる。
「なんだと!お前、何様のつもりだ!」
再び緊張が高まり、二人の間に火花が散る。店内の空気は一層張り詰めたものになった。
「これ以上騒ぎ立てるようであれば、お帰りいただくしかございませんが?」
ヴィクトリアの声は穏やかだが、明確な警告が含まれていた。
「なんだと!それが客に対する言い草かよ!」
中年男が逆上し、拳を振り上げた。だが、その瞬間、天井の梁に隠れていたぴよぴよさんが急降下してきた。攻撃態勢に入るぴよぴよさん。しかし、それより早くヴィクトリアが動いた。
中年男の腕を素早く掴み、ひねり上げる。男は悲鳴を上げて身をよじらせた。
「い、痛え!何しやがる!」
ヴィクトリアは冷静な顔を崩さぬまま、男を店の外へと誘導する。
「申し訳ございませんが、こちらへどうぞ。」
扉の外で一礼しながら、ヴィクトリアは言った。
「毎度ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております。」
その瞳には冷たい光が宿り、「二度と来るな」と言わんばかりの威圧感を漂わせていた。
店内に戻ると、ヴィクトリアはやせた若い男性に向き直り、穏やかな声をかけた。
「あなたもお帰りになられますか?」
男性は慌てて首を振り、苦笑いを浮かべた。
「い、いえ、まだコーヒーが残っていますので……。」
「では、ごゆっくりどうぞ。」
その対応に周囲の客たちもホッと胸を撫で下ろし、店内の空気が少しずつ元に戻っていく。
一方、急降下しかけていたぴよぴよさんは、空中でホバリング状態のままフリーズしていた。ヴィクトリアはその姿を見つめ、小さく微笑むと、そっと手で包み込むようにしながら囁いた。
「あなたの手を煩わせるほどのことではありません。またお店を見守っていてくださいね。」
その言葉に促されるように、ぴよぴよさんはふらふらと飛び立ち、なぜか花の頭の上に止まった。小さな頭をかしげ、目をパチクリとさせている。
「ぴよぴよさん、何してるの?」
花が不思議そうに呟きながら頭を軽く揺らすと、ぴよぴよさんはバランスを崩して小さく羽ばたいた。
遊びテーブルで一部始終を見ていた月が、大福をつまみながら呟いた。
「やっぱりヴィクトリアってすごいよね。あの大騒ぎをあっという間に収めちゃうなんて。」
雪乃は紅茶を飲みながら静かに微笑む。
「それがヴィクトリアの力よ。この店がどんなに忙しくても、彼女がいれば安心できる。」
雪の庭は再び静けさを取り戻し、穏やかな日常が戻ってきた。