開店前の雪の庭。厨房では月が朝の仕込みを終え、テーブルに座る花に声をかけた。
「そういえば、昨日、夜のことを調べてたけど、何かわかったの?」
月の問いかけに、花は端末を操作しながら顔を上げる。
「わかったけど……わからない、って感じかな。」
「なにそれ?」
月は呆れたように首を傾げると、花は肩をすくめて答えた。
「とんでもない高性能なシステムを持ってるのは確か。でも、こんなコスト度外視のものを作って、壱姉様が何をしようとしてるのかは、さっぱりわからないのよ。」
壱姉様の意図は不明
月は溜息をつきながら花の前に座り込んだ。
「壱姉様が何を考えてるのか分かる人なんて、いるわけないでしょう?」
「そうなんだけどね……。」
花は再び端末に目を戻し、データを確認しながら答える。
「夜の筐体、あれって私が基礎を構築した技術が使われてるんだけど、まさかここまで進化させてるなんて思わなかったわ。直列回路と並列回路を組み合わせたデュアルコントロールなんて、普通は実用化されない技術だと思ってたのに。」
「その技術、花が壱姉様に提供したんでしょ?それなら当然じゃないの?」
花は苦笑いを浮かべた。
「私が適当に出した基礎理論を、ここまで仕上げる壱姉様がすごいのよ。でも、こんな高性能の筐体を作って、一体何をしようとしてるのか……さっぱり見当がつかない。」
月の警戒心
月は腕を組みながら真剣な表情で言った。
「それが一番怖いのよ。壱姉様って、いつも予測不能なことをするから……。下手に関わると、こっちが振り回されるだけだし。」
花は頷きながらも、どこか楽しそうに微笑んだ。
「まあ、確かにね。でも私は興味があるわ。壱姉様が何を考えてるのか知りたいし、その計画が面白そうなら協力するのも悪くないかなって思ってる。」
「花……その考え方が壱姉様に利用される理由なんじゃない?」
月は呆れたように言いながらも、どこか心配そうな表情を浮かべていた。
雪乃の登場
そこへ、のんびりと紅茶を片手に遊びテーブルから雪乃が現れた。
「二人とも、朝から難しい顔してどうしたの?」
月が説明しようとするが、花が先に答えた。
「夜の話よ。解析してみたけど、壱姉様の意図が全然見えなくて。」
雪乃は優雅に微笑みながら椅子に腰を下ろし、紅茶を一口飲んでから答えた。
「壱姉様の考えることなんて、私たちに理解できるわけないわ。それを考えるだけ無駄じゃない?」
「無駄って……。」
月が言い返そうとすると、花が口を挟む。
「まあ、雪乃の言う通りかもね。でも、解析は面白いから続けるわ。壱姉様がこの筐体をどこまで進化させたのか、もっと知りたいし。」
次への期待
雪乃は笑顔を浮かべながら、フランの焼き上がりを待つ月に視線を向けた。
「それより、今日のスイーツはフランでしょう?お客様に喜んでもらえるように、そっちに集中した方がいいんじゃない?」
月は少し不満げに頷きながらも、オーブンを覗き込んだ。
「まあ、そうね。でも夜のこと、あとでまた詳しく話すからね。」
花は再び端末に目を落としながら、静かに呟いた。
「夜……本当にただの監視だけなのかしら。それとも、もっと別の目的があるのか……。」
雪の庭の朝は、穏やかなようでいて、どこか不穏な空気を漂わせて始まった――。