壱姫は店内をぐるりと見回し、少し眉をひそめながら呟いた。
「しかし、こじんまりとした店だな?雪、手狭ではないか?」
雪乃は微笑みながら、壱姫の視線を受け止めた。
「このこじんまり感が良いのです、壱姉様。お客様との距離が近くて、居心地の良さが魅力なのですよ。」
壱姫はその答えに納得がいかない様子で首を傾げ、外の通りを指差した。
「そうか?だが、すぐ側に手頃な大きさの店があったではないか?あそこに移転してはどうじゃ?」
その指差した先は、大手チェーン店「スタードール」の店舗だった。
雪乃は即座に顔を青ざめ、慌てて壱姫に説明した。
「あ、あそこは他店です!わたしたちの店ではありません!」
壱姫は少し驚いたように目を見開き、ふむと呟いた後、冷静に言った。
「そうか、他店か。それなら夜に命じれば、5分で更地にできるぞ。」
その無茶苦茶な提案に、雪乃は頭を抱えながら叫んだ。
「姉様!おやめください!そんなことをしたら大問題です!」
その瞬間、静かに控えていた夜が立ち上がり、店の外へ向かおうと歩き出した。
「壱姫様のご命令であれば、ただちに実行いたします。」
「夜ちゃんも、なに店の外に出ようとしてるの!止まって!」
雪乃が慌てて夜を引き止めにかかり、ヴィクトリアは苦笑しながら壱姫に申し上げた。
「壱姫様、それでは雪乃様があまりに気の毒です。この店の魅力はこじんまりとした雰囲気にあるとのこと、どうかご理解を。」
壱姫は椅子に腰掛け直し、少し思案した後、微笑んで言った。
「ふむ……まあ、雪がそう申すのなら、良しとしよう。だが、妾の目にかなう店になるよう、怠らぬようにせい。」
雪乃はほっと息をつきながら頷き、夜を席に戻した。
「姉様、ありがとうございます。これからも頑張りますので、どうぞ温かい目で見守ってください。」
壱姫は紅茶を一口飲み、満足そうに微笑んだ。
「良い心がけじゃ。妾が見守っておる限り、何も問題は起きぬ。」
店内の緊張した空気が少し和らぎ、ようやくいつもの「雪の庭」の雰囲気が戻りつつあった――。