店内に一人の貴族が現れる。
「壱姫様でございますね。シヴアルツ リヒター公爵であります。国王の名によりお迎えに参りました。」
「有無、大義である。雪乃、月、花、また後ほど話に参る」
「では、リヒター卿とやら、城まで案内せい」 「ははっ、こちらへどうぞ」
店内の静けさが戻ったのもつかの間、ふと視線を向けると、隅の方で夜が何やら物騒な動きをしているのが目に入った。彼女は無表情のまま、手にした武器らしきものを丁寧に点検している。
月はその光景に青ざめ、慌てて駆け寄った。
「夜ちゃん!何してるの?何もしないで!」
夜は一瞬だけ手を止めて、月に視線を向けた。
「ですが、壱姫様のご命令があれば、即座に対応を……。」
月は顔を引きつらせながら、さらに声を張り上げる。
「命令なんて出ないから!お願いだから、その物騒なものをしまって!」
そのやり取りを見ていた花が、穏やかな口調で夜に声をかけた。
「夜、大丈夫よ。壱姉様も今は落ち着いていらっしゃるから、何も心配いらないわ。」
夜は一瞬じっと花を見つめた後、無言で武器を収納し、深々と頭を下げた。
「……はい、花様。」
月は安堵の息をつきながら、花に感謝の視線を送った。
「さすが花、夜ちゃんには本当に言うこと聞いてくれるんだね……。」
花は微笑みながら小さく頷いた。
「夜は素直だから、ちゃんと話せば理解してくれるのよ。ね、夜。」
夜は静かに頷き、機械のような正確な動きで片付けを終えた。そして再び、無表情ながらも少しだけ柔らかい空気をまとって席についた。
月は胸をなでおろしながら、苦笑を浮かべた。
「本当にもう、壱姉様がいるといろいろ振り回されるわ……。」
雪乃も遠くから様子を見守りながら、小さく頷いて同意した。
「本当に……壱姉様が来ると、波乱の予感しかしないわね。」
こうして、再び店内は穏やかな空気を取り戻したが、夜が次にどんな行動を取るのか、誰も予測できなかった――。
創造主たる花は、夜に対して第二優先命令権を持つ。
最優先命令権は、勿論壱姫だが。
壱姫がラルベニアの王城に向かったことで、雪の庭は一時的に平穏を取り戻していた。店内には穏やかな空気が漂い、常連客たちがいつものようにお茶と菓子を楽しむ姿が見られる。しかし、壱姫がもたらした存在感と余波は、どこかに緊張感を残していた。
月は店のカウンター越しにため息をつきながら、花に話しかけた。
「壱姉様がいなくなったら、急に静かになったね……でも、この静けさが逆に不安になるのはどうして?」
花は静かに紅茶を淹れながら、軽く笑った。
「それは、壱姉様が予測不能な存在だからよ。いなくなったからといって、何も起こらないとは限らないわ。」
雪乃は窓際の席でお茶を楽しんでいたが、その会話に耳を傾けると、ふと視線を外に向けた。
「確かに、壱姉様がラルベニアに行ったとはいえ、この先何が起きるかわからないわね。姉様が動けば、世界が揺れる可能性だってあるもの。」
その言葉に、月はうなずきながら呟いた。
「存在だけで世界を支配しそうな人だもんね、壱姉様って……。」
夜は静かに店の隅で待機していたが、その言葉に反応して一歩前に出た。
「壱姉様がラルベニアでどのような行動を取るか、詳細な予測データはありません。しかし、何か異常が発生した場合、ないとほーくを通じて情報が届きます。」
その正確で冷静な言葉に、月は思わず苦笑した。
「いや、何か異常が発生しないことを願ってるんだけど……でも夜ちゃんの言う通り、油断できないよね。」
花は夜の肩に軽く手を置き、静かに言った。
「夜、あなたもリラックスしていいのよ。今は店を守ることに集中して。」
夜は短く頷き、再び静かな待機状態に戻る。
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店内は再び平穏を取り戻したかのように見えたが、その裏側には、壱姫の存在が作り出す予測不能な未来への警戒感が漂っていた。
雪乃が小さく微笑みながら紅茶を一口飲み、呟いた。
「でも、これも壱姉様のやり方なのかもしれないわね。何もない日常の中に、ほんの少しだけ刺激を残していくなんて。」
その言葉に、花と月も小さく笑い、静かな時間を共有するのだった――。