壱姫はお茶を飲み干し、微笑を浮かべながらアレックスに向き直った。
「面白いが、そろそろ本当のことを教えてやるかの。アレックス殿下、夜は人間ではない。」
その言葉にアレックスは一瞬動揺したが、すぐに眉を寄せ、疑問を口にする。
「はぁ?どういうことです?」
壱姫は冷静に説明を続けた。
「夜は、花が作り上げた魔道具――ホムンクルスと言ってもよい。魔力によって動く人形じゃ。」
アレックスの揺るがぬ想い
アレックスは壱姫の言葉を受けてもなお、まっすぐな眼差しを崩さなかった。
「関係ありません。」
壱姫は目を細めてアレックスを見つめた。
「ほう、関係ない、とな?」
「はい。たとえ夜さんが人間でなくとも、私の愛は変わりません!」
アレックスはきっぱりと言い切り、その言葉には一点の曇りもなかった。
その言葉に、壱姫は驚きこそしなかったものの、感心したように笑みを浮かべた。
「なるほどな。本気のようじゃ。」
壱姫の冷静な指摘
しかし、壱姫は静かに続けた。
「アレックス殿下、本気なのは分かった。しかし、夜は子を産めんぞ。次期国王の妃には無理であろう。」
その一言が放たれると、店内の空気がピリリと張り詰めた。アレックスの表情が一瞬硬くなる。
「子を産めない……」
アレックスはその言葉を反芻するように呟いた。
壱姫は鋭い眼差しを彼に向ける。
「妾は、ただ感情で突っ走るなと言いたいのだ。お前が王族である以上、背負うべき責任もあろう。それを踏まえた上で、それでも夜を選ぶというならば――お前が証明するほかあるまい。」
アレックスの覚悟
アレックスは深く息を吐き、真剣な表情で壱姫を見据えた。
「おっしゃる通りです。私は、王子という立場で生まれました。それがどれほど重い責任を伴うものかも分かっています。」
そして一呼吸置き、再び口を開く。
「ですが、それを踏まえた上でも、私は夜さんを選びます。それがどれほど困難な道であろうと、私は覚悟しています。」
壱姫はその言葉に、再び小さく笑みを浮かべた。
「ほう、言うではないか。」
壱姫の試練
壱姫は椅子から立ち上がり、アレックスに向けてゆっくりと歩み寄った。そして彼の目をまっすぐに見つめ、低い声で言った。
「ならば、お前の覚悟、しかと見せてもらおう。夜を幸せにできるだけの力と誠意を証明してみせい。それができぬならば――」
その先の言葉は、あえて言わなかった。しかしその意味は明白だった。
アレックスは深く頭を下げ、力強く答えた。
「承知しました。壱姫殿下、必ずや私の覚悟を証明してみせます。」
壱姫は満足そうに頷き、再び椅子に腰掛けた。
「よい。それでこそ殿下よ。」
店内は静寂に包まれたままだったが、アレックスの決意と壱姫の威厳が、場の空気を一層引き締めていた。
そして、壱姫の視線の先で、夜が再び微動だにせず静かに立っている。彼女の心に何が芽生えたのか、それはまだ誰にも分からなかった。
壱姫の独白
壱姫は再び紅茶を一口含み、その香りを楽しむように目を閉じた。そして、目を開けると微笑を浮かべながら呟いた。
「しかし、さすがに……妾でも困る事に遭遇するなど思わなんだ。」
その言葉に店内の空気が少し緩んだ。壱姫が困るという言葉自体が珍しいのだ。雪乃も月も、思わず顔を見合わせる。
「人生とは、面白いものだ。」
壱姫の言葉にはどこか楽しげな響きが含まれていたが、その目には深い洞察と少しの戸惑いが見え隠れしていた。
雪乃の反応
雪乃は壱姫の言葉に静かに微笑んだ。
「壱姉様でも困ることがあるなんて、少し意外です。」
壱姫は肩をすくめて軽く笑う。
「妾とて万能ではないぞ。むしろ、このような珍事に直面するとは、妾の人生において初めての経験かもしれぬ。」
月が疑問を口にする。
「夜が告白されることがですか?」
壱姫はしばし黙り込んだ後、椅子に深く腰掛け、遠くを見るような目をした。
「……まあ、それもあるが、問題は殿下の真剣さじゃな。」
アレックスの真剣さに対する評価
壱姫はゆっくりと視線を戻し、アレックスを見つめる。
「お前のように真剣な者を笑い飛ばすのは容易い。だが、それが妾を少し困惑させるのも事実よ。」
アレックスはその言葉に驚きつつも、再び深く頭を下げた。
「壱姫殿下、私は本気です。どれほどの困難があろうと、夜さんと共に歩む覚悟があります。」
壱姫は彼の言葉を受けて再び微笑み、静かに呟いた。
「なるほどな……妾の人生もまだまだ退屈せぬというわけだ。」
その言葉に店内の空気がふっと緩み、再び穏やかな時間が流れ始めた。しかし、壱姫の心の中には確かな感動と小さな波紋が広がっていたのだった。
花の冷静な指摘
壱姫は興味深そうに花を見つめ、問いかけた。
「花は、どう考える?」
花は少し肩をすくめ、ため息をつきながら答える。
「わたしに振るんですか?……本当なら『本人の意思を尊重したい』と言いたいところですけど、夜にはそもそも『意思』がありません。」
その言葉にアレックスが驚いた表情を浮かべる。
「夜は、壱姉様の命令に従って行動しているだけ。今回のような『あり得ない事態』に遭遇すれば、行動不能に陥る。それが、この子の限界です。」
花の言葉は冷静でありながら、どこか寂しさを含んでいた。
人間のようで人間ではない
花は続ける。
「夜は、人間のように見えるけど、人間ではありません。それは否定できない事実なんです。」
その言葉が静かに店内に響き渡ると、アレックスは唇を引き結び、複雑な表情を浮かべた。
「……意思がない、ですか……。」
彼はしばらく黙り込んだ後、視線を下ろし、ゆっくりと頭を上げた。
アレックスの決意
「それでも構いません。夜さんが人間でないとしても、彼女と共に生きたいという気持ちは変わりません。」
その言葉に、花も壱姫も、一瞬だけ驚きを隠せなかった。
「ですが……。」
花はためらいがちに続ける。
「それは、夜にとって幸せだと言えるのでしょうか?」
アレックスはその問いに真剣な表情で答える。
「私の想いだけでは、きっと片側だけのものだと思います。けれど、夜さんと時間を過ごし、彼女が笑顔でいられる日々を作れるのなら、それが私の役目だと思うのです。」
壱姫の視線
壱姫はそのやりとりを黙って聞いていたが、やがて微笑を浮かべ、アレックスに目を向けた。
「アレックス殿下、妾の妹たちは、実に面白い者を引き寄せるな。……その覚悟、もう少し見せてもらおう。」
壱姫の言葉には、彼の真剣さを認めた一抹の期待が含まれていた。
「夜も、いつか……本当の意思を持てる時が来るかもしれぬ。それを見届けるのも悪くないかもしれんな。」
その言葉に、店内の緊張感が少しだけ和らいだ――。
花の提案と拒否
壱姫が静かに紅茶を飲みながら視線を向ける中、花は冷静に言葉を紡いだ。
「夜の所有権をアレックス殿下に移すこと自体は可能です。」
その言葉にアレックスの目が一瞬だけ輝いたが、花は続けた。
「ですが、もし夜とともに生きるという道を選べば、殿下は彼女が人間でないことを痛感する出来事に何度も遭遇することになります。それはおそらく――非常に不幸なことです。」
アレックスの表情が曇る。
「ですので、王子のご要望には賛成できません。」
アレックスの反応
アレックスは困惑したように眉を寄せ、口を開いた。
「それでも……!私は覚悟しているつもりです。夜さんが人間でないことも理解しました。それでも一緒に生きていきたいんです!」
花は静かに首を振った。
「覚悟だけではどうにもならない現実があるんです、殿下。夜は、意思を持たず、壱姫様や私の命令によって動く存在です。その限界を知りながら、彼女と生涯を共にすることは、殿下にとっても、夜にとっても幸せとは言えません。」
壱姫の介入
壱姫はカップを置き、軽く笑みを浮かべながら言った。
「妾が所有権を移す許可を出すかどうかの話ではない。問題は、夜がどうあるべきか、じゃ。」
その言葉にアレックスがはっとして顔を上げた。
「夜は、妾や花にとって特別な存在だ。それが殿下の覚悟によって変わるわけではないのだ。」
壱姫の視線は厳しくも優しい光を宿していた。
最後の一言
花は再びため息をつき、ゆっくりと付け加えた。
「殿下、ご理解いただきたいのは、夜は愛を返すことも、望むこともできないということです。それは決して、殿下を否定しているわけではありません。ただ――夜にとっても、あなたにとっても、苦しい未来が待つだけだということを。」
アレックスはその言葉を静かに受け止め、深くうなだれた。
壱姫は静かに微笑みを浮かべながら、アレックスに向けて最後に言葉を送った。
「殿下、夜の存在が与えるものが愛だけではないこと、いずれ分かる時が来るじゃろう。それまで、今の気持ちを胸に秘めておけ。」
壱姫の言葉にアレックスは深々と頭を下げた――。
花の冷静な一言
花は静かにアレックス王子に向き直り、冷静な声で告げた。
「もし、夜を魔道具として所有したいという話であれば、それについては考える余地があります。しかし――」
一瞬、アレックスが希望を抱いたかのように顔を上げたが、その表情はすぐに凍りついた。
「人生の伴侶として迎えたい、というのであれば、それは絶対に叶いません。」
アレックスの動揺
アレックスは言葉を詰まらせ、困惑したように花を見つめた。
「なぜ……。夜さんが魔道具であろうと、人間でなかろうと、私の気持ちは変わりません!」
花はその必死な声を受け止めながらも、厳しい口調を崩さなかった。
「それが殿下の覚悟であっても、夜は伴侶になることはできません。彼女は、壱姉様の命令や私の意図に従って行動する存在です。意思を持つ存在ではないのです。」
壱姫の補足
壱姫が微かに笑いながら、紅茶を飲む手を止めて口を挟んだ。
「花の言う通りじゃ、殿下。夜に愛を誓うのは、鏡に語りかけるようなもの。返答がない相手に、どうして絆を結ぶことができよう?」
その言葉にアレックスは目を見開き、言葉を失った。
花の結論
花は静かに続けた。
「夜を所有し、彼女の存在を守りたいという考えは、ある意味で理解できます。しかし、その関係は決して対等ではありません。夜に愛を求めるのは、あまりにも一方的であり、夜にも殿下にも不幸をもたらすだけです。」
アレックスの反応
アレックスは拳を握りしめ、深くうつむいた。
「それでも……それでも、夜さんを想う気持ちは変わらない……。」
壱姫は立ち上がり、彼の肩に軽く手を置いた。
「殿下、その想いを大切にすることは否定せぬ。だが、その想いを形にするのは、別の方法を考えるべきじゃ。」
夜の静かな佇まい
その場で再び沈黙する夜。その姿を見て、アレックスはようやく理解したかのように小さく頷いた。
「……そうですね。私が浅はかでした。」
壱姫は微笑を浮かべ、軽く肩を叩いた。
「そうじゃ、殿下。人生とは、学びの連続だ。それを知っただけでも、今日は意義があったのではないか?」
アレックスは深々と頭を下げた後、静かに席を立ち、店を後にした――。
雪の庭に静寂が戻り、夜の事件について話し合いが始まった。月が軽くため息をつきながら、ぽつりと呟く。
「夜に恋した? 珍事だわ。夜を妻に?命令に従うだけの相手なんて、すぐに破綻するだろうな……。」
その言葉に、壱姫が紅茶を飲みながらあっさりと答える。
「そうじゃ。自己がない相手など、つまらんではないか。」
月は壱姫の反応に頷きながらも、肩をすくめた。
「まあ、常識的に考えたらそうだけど……夜に恋するなんて、ほんと信じられない。」
花の奇妙な提案
その流れで、花が突然妙なことを言い始めた。
「自己があって、時々言うことを聞かない魔道具……それ、面白いかもしれない。」
壱姫は花の言葉に眉をひそめ、冷静に答える。
「それは魔道具としては欠陥品じゃな。」
花はにこりと微笑みながら、なおも話を続ける。
「でもね、壱姉様。自分の意志を持つ魔道人間……作れないことはないと思うのよ。」
月と壱姫の反対
花の大胆な発想に、月は即座に反応した。
「こらこら、花!変なこと考えるな!そんなもの作ったら、どんなことになるか分かるでしょ?」
壱姫も頷きながら厳しい口調で言った。
「うむ、花。それは、さすがにいかん。魔道具は道具であるべきじゃ。意思を持つなど、制御不能の災厄を生むだけだ。」
花の独り言
花は二人の反対を受けて、少し考え込んだが、悪びれた様子もなく、さらりと独り言のように呟いた。
「でもなぁ……命令だけで動く相手より、自分の意志で選択できる方が、きっと可能性が広がると思うのよね。」
壱姫と月は顔を見合わせ、同時にため息をついた。
その様子を見ていた雪乃が、静かに微笑みながら場を締めくくる。
「花、あなたの発想力は素晴らしいけど、今は現実的な範囲に留めておきましょうね。新たな珍事が起きないように。」
その言葉に、全員が小さく笑い、店内は穏やかな空気に包まれた。壱姫は再び紅茶を一口飲み、ぽつりと呟く。
「人生とは、時に面白い珍事を運んでくるものよのう。」
その声に一同が納得したように頷き、雪の庭は平和な日常を取り戻していった――。
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