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第38話3 :雪の庭にて



夜が丁寧に壱姫の海賊退治計画を報告し終えると、店内の空気は一気に重苦しいものとなった。月は頭を抱えながら深いため息をついた。


「海賊退治って聞くだけでも、穏やかじゃないわ。どうか、壱姉様がやり過ぎないでくれることを祈るしかない……。」

月の声には、不安と焦りが滲んでいた。


花が静かに口を挟む。

「やりすぎた場合って、例えばどうなるの?」


月は眉を寄せながら答えた。

「例えば、海賊船だけを沈めるならまだしも……壱姉様の力を考えると、海域の地形そのものを変えてしまう可能性があるのよ。」


花は目を丸くした。

「地形を変える……って、それってもう災害規模じゃない!」


雪乃はそんな二人のやり取りを静かに聞きながら、小さく祈るように手を合わせた。

「どうか、海賊の皆さんが無事でありますように……。」


その場の全員が一斉に雪乃の方を振り返った。


「雪姉様、それは流石におかしいでしょ!」月が思わず突っ込む。

「え?でも、命を奪わず解決してほしいって意味で……。」

雪乃は困ったように笑うが、月はさらに声を大きくする。

「雪姉様、壱姉様の性格知ってるでしょ?敵を無力化することはするけど、無事で済むかどうかは……。」


花も小声で呟いた。

「無事で済む海賊って、本当にいるのかな……。」


夜が静かにそのやり取りを見守っていたが、ふと冷静な声で口を開いた。

「壱姫様は、海賊を殲滅する意図はありません。ただ、その力を見せつけて彼らを無力化し、捕虜として確保するつもりです。」


雪乃は少し安心したように頷く。

「そうなのね。それならよかったわ。」


しかし、月は依然として不安そうな表情を崩さなかった。

「でも、結局、力を見せつけるっていうのが問題なのよ。壱姉様の場合、その規模が普通じゃないんだから……。」


花がその言葉に同意するように頷き、呟く。

「確かに。壱姉様の力を見せつけたら、海賊だけじゃなくてラルベニアの人たち全員が震え上がるかも……。」


夜は淡々とした表情で締めくくる。

「いずれにせよ、すでに壱姫様は草薙の尊で出航されています。ここから我々ができることは、結果を待つだけです。」


月は深いため息をつきながら椅子に腰を下ろし、天井を見上げた。

「もう、どうにでもなれって感じね……。」


雪乃は静かにカウンターの奥で紅茶を淹れながら、小さく呟いた。

「どうか、壱姉様が良い結果をもたらしてくれますように……。」


その場にいる誰もが、壱姫の行動に一抹の不安を抱きながらも、彼女の力に期待を寄せるしかなかった。


雪の庭にて


夜が報告を終えると、月は再びため息をつき、花の方をじっと睨みつけた。


「草薙の尊には、誰かさんが作った魔道粒子砲なんて物騒なものがあるし……。」

その言葉に、花は肩をすくめて笑顔を作るが、明らかにバツが悪そうだった。


「私が作ったのは、あくまで壱姉様のご要望に応じたものでして……。」

花は弁解するように言ったが、月はそれを聞いてさらに声を上げる。

「言い訳しないで!あんなもの、どう見ても戦争用でしょ?普通の船に積むものじゃない!」


花は苦笑いしながら、そっと視線を逸らした。

「いや、まあ……防衛力を強化するって話だったから……。」


「防衛力って言いながら、攻撃力がオーバーキルなのよ!」

月は机をバンと叩いて立ち上がる。


雪乃は紅茶を淹れながら、二人のやり取りを聞いて小さく呟いた。

「でも、そのおかげで壱姉様が海賊に襲われる心配はなくなったのでは……?」


月はその言葉に振り返り、疲れた表情で答える。

「心配がなくなるどころか、むしろ壱姉様が海賊を片っ端から蒸発させるんじゃないかって方が心配なのよ……。」


花は、月の追及に耐えきれなくなったのか、小声で言い返した。

「でも、ちゃんと壱姉様は用途を考えて使うから……きっと大丈夫……だと思う……。」


「だと思う、じゃ困るのよ!」

月は完全に頭を抱えていた。


夜がそんな二人のやり取りを静かに見守りながら、一歩前に出る。

「壱姫様は、魔道粒子砲を全力で使用するつもりはないと言っていました。ただ、海賊たちに力を見せつけるため、あくまで牽制として使用するとのことです。」


月はその説明を聞いてもまだ不安そうだったが、何とか気を取り直して椅子に座り直した。

「牽制……ね。牽制で済んでくれることを祈るしかないわ。」


花はそっと安心した表情を浮かべたが、月の鋭い視線が再び彼女に向けられると、思わず背筋を伸ばした。


「本当に頼むわよ、花。次は絶対にあんな物騒なもの、壱姉様の頼みでも作らないでよね!」

月の念押しに、花は小さく頷きながら苦笑いを浮かべる。

「……努力します。」


その場の空気は、まだ不安を残しながらも、少しだけ軽くなった気がした。雪乃は紅茶のカップを手に、穏やかな笑顔を浮かべながら呟く。


「どうか、壱姉様がやり過ぎず無事に帰ってきますように……。」





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