ハウゼンの部屋
ついに壱姫一行は屋敷の最奥、ハウゼン伯爵の部屋にたどり着いた。扉を開けた先には、動揺の色を隠せない中年の男――ハウゼン伯爵と、その横に控える騎士と思しき一人の青年が立っていた。
その青年、アシュリーと呼ばれる男は、これまでの雑兵たちとは明らかに違う風格を持っており、壱姫もその力量を敏感に感じ取っていた。
アシュリーとハウゼンのやりとり
「アシュリー、賊を排除せよ!」
ハウゼンは震える声で命じるが、アシュリーは微動だにしない。
「分かっている……だが、この者……いや、この方は容易ならぬ相手だ……!」
アシュリーは壱姫を一瞥し、その威圧感に冷や汗を浮かべていた。
「ええい!早くせんか!私の命令に従わねば、お前の妹がどうなるか分からんぞ!」
ハウゼンの卑劣な言葉にアシュリーは苦悶の表情を浮かべながら歯を食いしばる。
壱姫の冷静な判断
壱姫はそのやりとりを静かに見守り、ふと冷たい笑みを浮かべた。
「なるほど。お主ほどの男が、こんなくだらぬ男についている理由は人質か……」
壱姫はすぐに夜へ指示を出す。
「夜、ハウゼンを拘束してしまえ。さすれば人質など意味をなさぬ。」
「アシュリー、誰も私に近づけるな!」
ハウゼンは絶叫するが、壱姫は軽く手を振りながら言い放った。
「大人しくしておれ。お主は妹御を助けたいのであろう?」
その言葉にアシュリーは立ち尽くし、動けなくなってしまった。彼がためらっている隙に、夜は素早くハウゼンを拘束する。
ハウゼンの無力さ
「くっ……!何をしている、アシュリー!早く私を助けんか!」
しかし、ハウゼンの必死の叫びもむなしく、彼は夜によって身動きできない状態にされる。
壱姫は冷ややかに言葉を投げかけた。
「この状況、手元に人質がおらんでは、何の意味もないであろう。卑劣なクズだけかと思ったが、とんだ低脳だ。」
ハウゼンの目が恐怖に見開かれる中、壱姫は夜に命じる。
「この者の妹御を探してこい。」
「はい。」
夜は素早く部屋を飛び出していった。
アシュリーの覚悟
拘束されたハウゼンを横目に、アシュリーはドカリと床に腰を下ろした。
「壱姫殿下ですな……どのようにも処断してください。人質を取られていたとはいえ、私は壱姫殿下に剣を向けたのです……」
壱姫はその言葉に軽く鼻を鳴らし、毅然とした態度で答えた。
「まぁ、潔い覚悟ではあるが、お主がこの世からおらんようになれば、妹御が悲しむであろう。」
「しかし、大罪には変わりありません。」
アシュリーは顔を上げずに言葉を続けた。
壱姫は少しだけ目を細め、静かな声で言った。
「妾にも妹がおる。貴公の悔しさ、妾にはよく分かるぞ。妾が同じ立場であれば、同じ選択をせざるを得んだろう。」
妹との再会
そこへ夜が戻ってきた。彼女は手を引いた一人の少女を伴っていた。少女は震えながら壱姫の前にひざまずいた。
「壱姫様……兄をお許しください。兄は、私のためにハウゼンに仕方なく従っていたのです……」
彼女の声は震え、涙が頬を伝う。
壱姫はしばしその姿を見つめると、静かに微笑んだ。
「さて?何のことかな?お主の兄は、この卑劣な男の捕縛に協力した功労者ぞ。」
その言葉に少女の目が驚きに見開かれた。
「壱姫様……」
彼女は涙を流しながら兄のもとに駆け寄り、二人は抱き合った。
「無事でよかった……」
「兄様こそ……」
リヒター卿の登場
そこにリヒター卿が部下を連れて現れた。
「壱姫殿下、無事で何よりです。」
ハウゼンは彼を見て、最後の望みとばかりに叫んだ。
「おお、リヒター公爵殿!助けてくれ!このふらちな賊どもを!」
しかし、リヒター卿は冷たく言い放った。
「ハウゼン伯爵、貴公の罪状は明白だ。それに、こちらにおられる方はジパング王国の第一王女、壱姫殿下であらせられる。」
ハウゼンの顔から血の気が引いた。
壱姫は彼を冷ややかな目で見下ろし、軽く肩をすくめた。
「お初にお目にかかる、クズ野郎。では、この者の件、頼むぞ、リヒター卿。」
「はっ、仰せのままに!」
最後の一言
壱姫は全ての状況を掌握し、悠然と屋敷を後にした。
「さあ、次は何をして楽しもうかの。」
その背中には、圧倒的な威厳と力、そしてどこか愉快そうな余裕が漂っていた。