壱姫は屋敷から悠然と歩き出し、外で待機していたヴィクトリアのもとへ向かった。彼女の表情はどこか満足げだった。
「ヴィクトリア、戻ったぞ。その兵士も騎士たちに引き渡すがよい。」
「かしこまりました、壱姫様。」
ヴィクトリアは即座に従い、縛られた兵士を騎士たちへと引き渡す手配をする。
壱姫は大きく伸びをしながら、肩を軽く回した。
「さて、茶でも飲みに雪の庭に参るとするか。」
「雪乃様もお待ちしておりますでしょう。」
ヴィクトリアと夜は壱姫の後を一歩下がって歩きながら、控えめに微笑んだ。
雪の庭へ向かう途中
壱姫は歩きながら軽く振り返り、ヴィクトリアに問いかけた。
「しかし、奴隷商人どもの一掃はともかく、この国の腐敗もなかなか手強いものじゃな。」
「はい。内部に蔓延る不正の根は深いかと存じます。」
「まぁ、今回は良い具合に時間つぶしにはなったがな。妾もそろそろ本来の目的を進めねばなるまい。」
壱姫は口元に笑みを浮かべながら、再び前を向いた。
「雪乃の淹れた茶が恋しいぞ。早く行くぞ、ヴィクトリア。」
「承知しております、壱姫様。」
その言葉に、壱姫は軽やかな足取りで再び前へ進み始めた。
雪の庭の入り口
雪の庭に到着した壱姫とヴィクトリア。店の扉を開けると、室内では雪乃が優雅に紅茶を飲んでいた。月と花も、それぞれ片付けや雑談に興じている。
「戻ったぞ、雪乃。」
壱姫の声に、雪乃は静かにカップを置き、微笑みながら応じた。
「お帰りなさい、壱姉様。」
「ほう、平和そうじゃな。ここはまるで別世界のようだ。」
壱姫は言いながら椅子に腰を下ろすと、ヴィクトリアに目配せする。
夜は、エプロンを付けカウンターの中に入る。
「雪乃、妾のために茶を一杯淹れてくれぬか。」
「もちろんです、壱姉様。」
雪乃は手際よく紅茶を用意し、壱姫の前にカップを置いた。
雪の庭の平穏
壱姫は紅茶の香りを楽しみながら一口含み、満足げに頷いた。
「やはり、雪乃の茶が一番じゃ。」
月が苦笑しながら問いかける。
「壱姉様、やりすぎたりしませんでしたよね?」
壱姫は眉を上げながら、いたずらっぽく笑った。
「さてのぅ、地形を変えるほどではなかったと思うが……夜がどう報告するかは知らんぞ。」
雪乃が優雅に紅茶を飲みながら静かに呟いた。
「やっぱり平和が一番です。」
その一言に、壱姫も口元に笑みを浮かべた。
「全くだ。平和を守るためなら少々暴れるのも悪くはないがな。」
店内には穏やかな空気が流れ、壱姫の高笑いとともにその場は笑顔に包まれていった。
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壱姫は紅茶を片手に、椅子にもたれかかりながら話を続けた。
「他国のことじゃ。彼らの顔を潰すような真似はせんよ。」
その言葉に、月がやや皮肉を込めた口調で問いかける。
「それは、ジパングだったら容赦しないという意味ですか?」
壱姫はにやりと笑い、茶を一口飲んでから豪快に答えた。
「当然であろう。妾の国を汚すような輩なら、容赦なく消し炭にしてくれるわ!」
言葉を放つと、壱姫は豪快に笑い飛ばした。その声は雪の庭の静けさを一瞬だけ破り、周囲を驚かせるほどだった。
雪乃はその様子を見て、微笑みながら小さくため息をついた。
「壱姉様、本当にジパングの防衛がかかっているときは、容赦しないでしょうね。」
月も肩をすくめながら苦笑する。
「壱姉様の怖さを知ってるのは私たちだけだから……ジパングに手を出そうなんて、誰も考えないでしょうけどね。」
壱姫は月の言葉に満足げに頷き、さらに豪快に笑った。
「その通りじゃ。妾の名を知らしめるだけでも、敵は震え上がるであろうよ!」
店内には再び壱姫の笑い声が響き渡り、雪乃たちはそのエネルギッシュな姿に呆れながらも、どこか頼もしさを感じていた。
雪の庭の静かな午後、月がカウンター越しに雪乃に話しかけた。
すでに壱姫は、ラルベニア王宮の客間へとひきあげていた。
「今回の壱姉様の活躍で、戦姫とか姫騎士とか、噂されてるらしいわ。」
雪乃は手元の紅茶を口に運びながら、小さく笑みを浮かべた。
「まぁ、この国の人々は、壱姉様の一面しか知らないからね。戦姫や姫騎士なんて、そんな単純なくくりでは彼女の本質を表せないのよ。」
月はティーポットを片手に、お茶を注ぎながら首を傾げる。
「確かに……でも、戦場での姿を見た人たちには、それが彼女のすべてに見えるんでしょうね。」
その会話に、花が横から口を挟む。
「でも、壱姉様の本当の姿を知ったら、この国の人たち驚くわよね。だって、あの豪快さと繊細さ、そして時々のわがままぶり……全部合わせて壱姉様なんだから。」
雪乃は微笑みながらティーカップをそっと置き、椅子にもたれかかる。
「そうね。でも、それが壱姉様の魅力なんだから。どんな呼び名がつこうと、壱姉様は壱姉様だもの。」
そのとき、カウンターの端で夜が静かに報告するように話し出した。
「壱姫様から、最新の命令が届きました。『次に茶を飲みに行くときは、雪乃が選んだスイーツを楽しみにしている』とのことです。」
雪乃は小さく笑い、肩をすくめた。
「相変わらずね。でも、あの人らしいわ。じゃあ、壱姉様が楽しめるように、特別なスイーツを考えておきましょう。」
月は紅茶を注ぎながら呟く。
「戦姫だろうと姫騎士だろうと、結局はただの姉様なのよね、私たちにとっては。」
雪乃は微笑んで頷き、優雅に紅茶を口に運んだ。
窓の外では穏やかな風が吹き、雪の庭にはいつもの平和が流れていた――。
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