雪乃は手に持ったカップをテーブルに置き、深いため息をついた。
「空中戦艦?どこでも転移門?……花は、どんどんとんでもない子になっていくわね。」
その言葉に月もカップを片手に頷きながら答える。
「本当にそうですね、雪姉様。壱姉様が花を特別評価してるのも、そりゃ頷けますけど……ちょっと常識を超えすぎてる気がします。」
雪乃は眉をひそめながら、隣に座る月を見た。
「常識を超えるってレベルじゃないわよ。飛行機さえ存在しないこの世界で、空を飛ぶ戦艦なんて……本気で作ろうとしてるんだから呆れるわ。」
月は苦笑いを浮かべながらカップを置き、肩をすくめる。
「でも、花なら本当にやりかねないのが怖いところです。私たちの頭じゃ到底追いつかない発想ですよね。」
雪乃は首を振りながら苦笑を返した。
「発想が突飛すぎて、追いつくどころか振り落とされるばかりよ……。どこでも転移門なんて聞いたら、普通の人は笑い話にするものだけど、花だと本当に作りそうだもの。」
月は軽く笑いながらも、どこか感心したような口調で続ける。
「壱姉様の即位式までに空中戦艦を完成させるって、普通なら無理すぎるって思うけど……花なら本当に間に合わせるかもしれないって思わせるのが凄いところです。」
雪乃は再び深いため息をつきながら、目を細めて遠くを見るような仕草をした。
「でも、無理しないといいけど……花、時々無茶しすぎるから。」
月は少しだけ笑みを緩め、姉妹たちを見渡す。
「壱姉様も、そんな花の無茶に気付いてるみたいですけど……止めるどころか期待してるから、ますます突っ走るんですよね。」
雪乃はカップを手に取り、そっと口元に運びながら呟いた。
「壱姉様も花も……やっぱり規格外よね。」
その言葉に、月も静かに頷きながら微笑む。
「本当」
姉妹たちはそんな会話を交わしながら、どこか微笑ましくも呆れ気味に、花のとんでもない挑戦に思いを馳せたのだった――。
雪乃は紅茶を飲みながら、眉をひそめて口を開いた。
「普通、船だって何ヶ月もかかるものよ?それを空中戦艦なんて……いったいどうなってるのかしら?」
月もティーカップを置き、苦笑を浮かべながら頷く。
「本当ですよね、雪姉様。ただでさえ船を作るのには膨大な時間と人手が必要なのに、それを空を飛ばせるなんて、どう考えても常識外れです。」
雪乃は肩をすくめながら続けた。
「海軍工廠の人たち、相当振り回されてるんじゃないかしら……。『空中戦艦』なんて言葉、聞いただけで頭が痛くなりそうだもの。」
月は笑いを堪えながらも、真剣な表情で言った。
「海軍工廠の長官も困惑してるみたいですね。花に説明を求めても、『信じられないようなものを作ってる』って言うだけで、それ以上は話にならないって聞きましたよ。」
雪乃は紅茶のカップを置き、額に手を当てて溜息をついた。
「それじゃ、海軍の人たちも、ほとんど花の指示通りに動かされてるのね……。壱姉様も、花を止める気はないみたいだし。」
月は小さく笑いながら言った。
「むしろ壱姉様、花を煽って楽しんでる節がありますよね。即位式に間に合わせろなんて言われたら、花は本気でやるに決まってるのに。」
雪乃は目を細めて遠くを見つめながら呟くように言った。
「本当に……、なんでこうも規格外なのかしら。」
月は静かに笑いながら頷き、続けた。
「でも、それを実現できちゃうのが花なんですよね。普通ならただの妄想で終わる話なのに。」
雪乃は再び肩をすくめて、苦笑を浮かべた。
「まぁ、即位式に間に合ったら、それはそれで面白いけど……どうなるのかしらね。」
姉妹たちは、花の無謀とも思える挑戦に呆れながらも、その結末を心待ちにしていた。どこかで「やっぱりできちゃうかもしれない」という期待を抱きつつ――。
そこへ夜がドアのような物を持って静かに現れた。
その姿を見た雪乃が、怪訝そうな顔で口を開く。
「夜ちゃん、それ……何?」
夜は淡々とした口調で答えた。
「花様からデータをいただいて、私が作りました。どこでも転移門です。」
その言葉に、場の空気が一瞬で凍りついた。
「……はあ?」
雪乃の表情が完全に止まる。
「え?無理だって花が言ってたわよね?それなのに……え?どういうこと?」
困惑しきった雪乃が続けて尋ねるが、夜は冷静そのものだった。
「はい、花様は今別の案件で忙しいので、私が代わりに作りました。」
「えぇぇぇぇっ!?もう、できてるの!?」
雪乃は目を見開き、声をあげる。
夜は手に持った転移門を前に差し出しながら静かに言った。
「どうぞ、試してみてください。ドアを開けていただければ、すぐにお分かりいただけると思います。」
「ちょ、ちょっと待って、何よそれ、本当に動くの?」
雪乃は恐る恐るドアノブに手をかけた。月も横で息を呑んで見守っている。
ゆっくりとドアを開けると、そこには――ラルベニアの「雪の庭」の店内が広がっていた。
「嘘でしょ……?」
目の前の光景に、雪乃はその場にへたり込んでしまう。
「月、私もう、花がわからない……」
放心状態の雪乃が弱々しく呟く。
「大丈夫です、雪姉様……私も、全然わかりません。」
月も呆れたように答えたが、その顔にはどこか諦めが混じっていた。
「なんでよ……どうしてもう動いてるの……花が忙しいとか言ってたのに!」
雪乃が半分泣きながら叫ぶと、夜は冷静に言葉を返す。
「はい、花様が忙しいので、私が代わりに作りました。」
その無表情でさらりと言い切る夜の姿に、雪乃も月もただただ呆れるしかなかった――。
「忙しいって……なに?」
雪乃の声には、もはや困惑を通り越した諦めが漂っていた。
「雪姉様、私も聞きたいです。忙しいって一体どういう意味なんですかね……?」
隣の月も額に手を当ててため息をつく。
夜は二人の混乱など気にも留めず、冷静な表情のまま答えた。
「花様は現在、壱姫様の旗艦として空中戦艦を製造中です。そのため、どこでも転移門の設計は完成していたものの、製造に手が回らなかったのです。」
「空中戦艦…」
雪乃は呆然としたまま復唱し、月はさらに深いため息をつく。
「えっと、花は忙しくて、空中戦艦とかいうとんでもないものを作ってる間に、夜ちゃんがこれを勝手に完成させたってこと?」
雪乃がなんとか状況を整理しようとするが、頭が追いつかない。
夜は首を傾げながら淡々と答える。
「勝手ではありません。花様からデータをいただいておりましたので、それを元に製造しました。花様の許可は取ってあります。」
「許可……許可があれば、そんな簡単にできてしまうものなの?」
雪乃は思わず額を押さえる。
月がぼそりと呟き、さらに深いため息を吐いた。
「でもドアを開けたらラルベニアのお店につながってるし……これ、もう実用化できてるじゃない……」
雪乃は完全に投げやりな口調でドアを見つめる。
「雪姉様、私たち、壱姉様と花には、絶対に逆らっちゃダメですね。」
月が静かに言い、雪乃は力なく頷いた。
「うん……本当に……どんなことを言っても、現実がねじ曲がるだけだから……。」
その場に静かに広がる絶望感と、転移門の向こうにラルベニアの雪の庭の店内が広がってる。