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第43話 物件探し2: 王城近くの物件

ジパング王都の石畳を、雪乃は静かに歩いていた。

朝よりいくつもの物件を見て回ったが、なかなか「理想の喫茶店」に出会えず、彼女の表情には少しばかり疲労の色が見えていた。


そんな中、ふと目に留まった一軒の物件。

小ぢんまりとしたレンガ造りの外観に、控えめな木の扉と大きな窓。通りから差し込む光が、店内を優しく照らしているのが見て取れた。


「……ここ、いいかもしれないわ」


足を止め、店先に立った雪乃は腕を組み、真剣な表情で外観を見上げる。


「広すぎず、狭すぎず。日当たりも悪くないし、客の流れも悪くない……。雰囲気も落ち着いてる……」


掲げられた看板にふと目をやると、そこには堂々たる文字が並んでいた。


《王城まで徒歩五分》


その瞬間――雪乃の表情が、ピクリと引きつった。


「……王城、徒歩五分……」


口元を引きつらせながら視線を逸らし、雪乃はそっとため息をついた。


「……ここを選んだら、毎日、壱姉様が来る可能性が跳ね上がるじゃないの……」


頭の中に浮かんだのは、優雅な笑みを浮かべながら、満面の幸福を携えて紅茶を啜るあの姉の姿。

それだけならまだしも、その隣には山のように積まれたスイーツの皿――そして忙しなく動き回るスタッフたちの姿まで、ありありと想像できてしまった。


「ごきげんよう、雪乃。今日もあの『アールグレイに合う苺のタルト』をいただけるかしら?」


などと壱姫に笑顔で言われた日には、断れるはずがない。


「ううっ……忙殺される未来が、もう見える……」


思わず額に手を当てた雪乃だったが、次に浮かんだのは、昨日、喫茶夕影で交わした師匠・夕霧の言葉。


『不動産屋を紹介してやろうか? この王都じゃ、それなりに顔が利くんだぞ』


……そう。思い返してみれば、夕霧はやけにニコニコしていた。

まるで何かを見越していたかのように。


「ま、まさか……あれも伏線だったっていうの……?」


胸の奥で芽生える不穏な疑念。師匠の策略だったのかもしれない、という可能性が、じわじわと雪乃の思考を浸食していく。


「くっ……! 私の平穏な日常が、こうしてまた壊されようとしている……!」


カラスがカァと一声鳴きながら頭上を通り過ぎていくなか、雪乃は静かに呟いた。


「……これは一度、仕切り直したほうがいいかもしれないわね」


王城至近というこの完璧すぎる物件を前に、雪乃の心は、**『理想』と『現実(壱姉様)』**の間で激しく揺れていた。




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