王城の近くに構えられた新店舗の改装工事は、順調そのものだった。
もともと古風な趣のある石造りの店だったが、花の手によって、内部は完全に最新魔導技術によって再設計されていた。
まず運び込まれたのは、「冷凍ストレージ」。
一見すればただの大きめの冷蔵庫だが、中身はまったくの別物だった。
「これはね、魔力で内部の温度と湿度を完全制御してるの。お肉でも魚でも野菜でも、収穫した瞬間の鮮度をそのまま保てるのよ!」
得意げに語る花に対し、雪乃は戸惑い気味に頷いた。
「たしかにすごいけど……これ、普通の喫茶店に必要?」
「普通じゃないお店を目指すのが、これからの時代なの!」
続いて設置されたのは、**「時間調整ストレージ」**という聞き慣れない機械だった。
こちらは、食材の「熟成」を魔法と科学で制御できるという、未来の装置だ。
「フルーツやチーズを絶妙なタイミングまで熟成させて、その瞬間に提供できるの!美味しさが一番引き立つ状態で出せるのって、最高でしょ?」
「うん……理屈はわかるけど、なんかもうレストランの領域な気がしてきたわ……」
「気にしない気にしない♪」
そして最後に運び込まれたのが、最大の目玉――**「どこでも
雪乃は運び込まれたそれを見て、一瞬首を傾げた。
「……ただの木のドア、にしか見えないけど?」
「でしょ?でもね、中身は本物。このドアを開けると――」
花がにっこり笑ってノブを回すと、その向こうには――見慣れたラルベニアの雪の庭の店舗内部が広がっていた。
「……嘘、これ……本当に繋がってるの?」
「そう。隣の部屋に行く感覚で、国境を越えられるってわけ」
雪乃は驚きのあまり、思わず一歩踏み込んでしまった。
懐かしい香り。慣れ親しんだ空気感。
そこはたしかに、遠く離れたラルベニアの店だった。
「……不思議。移動した感じがまるでしないのに……」
「でしょ?スタッフの行き来も楽になるし、雪乃がこっちにいても向こうの様子がすぐ見られる。完璧でしょ?」
「完璧だけど……喫茶店の枠を超えてる気がするわ」
「そこを気にしてたら、成長はないのよ〜♪」
雪乃は頭を抱えながらも、花の笑顔に苦笑いを返すしかなかった。
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店舗の輪郭が形になってくると、月、ヴィクトリア、夜といった仲間たちも手伝いにやってきた。
「まるで研究施設……本当に喫茶店ですか、ここ……?」
夜がきょろきょろと店内を見渡す。
「壱姉様が見たら、毎日通ってきそうね」
月がくすりと笑うと、
「だから、それが一番の問題なのよー!!」
雪乃の悲鳴に、全員が吹き出した。
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こうして、花の魔導技術と家族の協力によって完成へと近づいていく新店舗。
戸惑いながらも――雪乃の心には、わずかな期待と楽しみが芽生え始めていた。
「……ま、なるようになるわよね」
そうつぶやいた雪乃の視線の先で、転移門がやさしく音を立てて閉じた。