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第49話:南蛮帝国の喫茶店での出会い



異国の街並み


転移門の向こう側。

扉を開いた先には、今まで見たことのない異国の光景が広がっていた。


「……これが南蛮帝国。」


街の雰囲気は、ジパングともラルベニアとも異なり、異国情緒にあふれている。

華やかな色彩の建物が並び、道行く人々の服装もジパングの和装やラルベニアの貴族服とはまったく違う。

どこか地中海のような温暖な空気が漂い、スパイスや果物の甘い香りが鼻をくすぐった。


「面白いわね。」


夢から教えられた喫茶店のメモを片手に、雪乃は街の中を進んでいく。

そして、ほどなくして目的の店を見つけた。


——『帝国の喫茶店』——


「帝国の喫茶店?……名前そのまんまね。」


扉の向こうからは、香ばしい焼き菓子の香りが漂ってきた。

好奇心にかられ、雪乃は思い切って店の扉を押した。


帝国の喫茶店にて


「いらっしゃいませ。」


カウンターの奥から現れたのは、一人の整った顔立ちの男性。

落ち着いた声と、柔和な笑みを湛えたその姿には、どこか品格があった。


「異国の方ですね。どちらから?」


雪乃は思わず、警戒しながらも答える。


「……ええ、ジパングから来ました。」


すると、彼の目がわずかに見開かれた。


「ジパング……。以前お会いしたジパングの方と、雰囲気が似ていらっしゃいます。それに、黒い髪の方は 我が国では珍しいですから。」


「ジパングの人と会ったことがあるんですか? それは珍しいのでは?」


「ええ、私がお会いしたのは、あなたで二人目です。」


「……まさか、それって夢のこと?」


その名を口にした瞬間、男性の表情が変わった。


「……彼女の姉君ですか?」


「え? まぁ、そうだけど……。」


「どのような目的での来訪でしょうか?」


「目的? こちらのスイーツを食べてみたくて……。あれ? もしかして、私、怪しいことしました?」


男性はしばらく雪乃を見つめたあと、静かに尋ねた。


「お名前を伺っても?」


「えっと……雪乃と申します。」


「……本名をお願いします。」


(……これはバレてる?)


仕方なく、雪乃は観念して答えた。


「……本国では『雪姫』と言われています。」


彼は、静かに頷いた。


「第三王女殿下ですね。」


「えっ、なんでバレてるの?」


「これは、ご挨拶が遅れました。南蛮帝国、皇帝——アルグリット四世です。」


「……は?」


雪乃の思考が停止した。


「え? 皇帝陛下? なんで皇帝陛下が喫茶店の店長してるんですか?」


皇帝陛下の秘密


「恥ずかしながら、スイーツ好きが高じて喫茶店を始めてしまいました。」


「……皇帝陛下が? えーっ?」


「雪乃様と同じです。夢姫様から、あなたが喫茶店をやっていると伺い、ぜひお会いしたいと思っておりました。」


「……なんという偶然。」


「いえ、運命です。」


アルグリット皇帝は穏やかに微笑む。

その柔らかな雰囲気に、雪乃は思わず納得しかけた。


「私もスイーツが好きで、それを誰かが喜んでくれるのが嬉しいのです。」


「……なんか分かる。」


雪乃は思わず笑った。

立場こそ違えど、純粋に自分の好きなことを楽しみ、他者と分かち合う。

そんな共通点があることに、不思議な親近感を覚えた。


スイーツ談義と転移門


「このエッグタルト……同じものなのに、ジパングやラルベニアのものとはまるで別物ね!」


「南蛮帝国は多様な文化が融合していますからね。」


「でも……あなた、本当に皇帝陛下? スイーツに対しての造詣が深すぎる。」


「あなたが言いますか? 第三王女のあなたが喫茶店を営んでいるなど、他の誰も信じないでしょう? それと同じですよ。」


「確かに……。」


お互いにスイーツ談義で盛り上がりながら、雪乃はふと時計を見る。


「あっ、でも、今日はもう帰らないと……。」


「え? お泊まりではないのですか?」


「はい、私のお店の明日の準備もありますし……。」


「しかし、ジパングまでは数ヶ月もかかるはずでは?」


——やば、うっかり言ってしまった。

雪乃は、誤魔化すのを諦めて転移門の存在を説明した。


「つまり、そんな画期的な技術がジパングには?」


アルグリット皇帝は、驚いたように目を見開く。

だが、それ以上に何かを要求するわけではなかった。


「そんなすごいものがあるとは……。」


彼はしばらく考えたあと、ただ微笑んだ。


「素晴らしい技術ですね。とても興味深いです」


「……え?それだけですか?」


予想外の返答に、雪乃は思わず驚いた。


(この人、本当に何も要求しないんだ。)


もし他国の王や皇帝ならば、必ずその技術を手に入れようと動くだろう。

だが、アルグリット皇帝はただ「興味深い」と言うだけだった。


「……あなたって、不思議な人ですね。」


そう呟いた雪乃の胸に、何かがじんわりと広がっていくのを感じた。



スイーツの架け橋と監視される姫


足繁く通う雪乃


転移門を手に入れてから、雪乃は毎日のように南蛮帝国へ通っていた。


「興味深いスイーツがたくさんあるの。」


そう言って、南蛮帝国の喫茶店に足を運び、エッグタルトやシナモン香る焼き菓子、果実のシロップ漬けなど、異国のスイーツを堪能していた。

その言葉には嘘はなかった——。


しかし、雪乃は知らなかった。


彼女の行動は、すべて 青ぴよさん を通じて筒抜けになっていたことを。

しかも ライブ映像 として。


青ぴよさんのライブ配信


「さて、今日の 『雪乃の南蛮探訪』 を見てみようか。」


ジパングの王宮の一室。

月と花、そして夜が、 青ぴよさん から送られてくる映像を見つめていた。


画面には、南蛮帝国の喫茶店で楽しそうにスイーツを味わう雪乃の姿が映っている。

彼女の向かいには、もちろん南蛮帝国皇帝・アルグリット四世。


「……にしても、こんな形で南蛮帝国の皇帝と接触するなんて。」


驚きながら、月が呟く。


「しかも スイーツ好きで喫茶店をやってる? え? 本当に皇帝?雪姉様みたいじゃない?」


花も同じく、画面を見ながら驚きを隠せない。


「だから、意気投合してるのかも。」


花が呟くと、夜が静かに映像をズームする。


画面の中では、雪乃とアルグリット皇帝がスイーツ談義で盛り上がっていた。


スイーツ談義は外交?


「このパイ生地の層、ジパングではなかなか見ないわね。」


「そうですね。南蛮帝国のパイは、ラードではなくバターを使います。」


「へぇ、それでこんなに軽やかな口当たりなのね……!」


「それにしても、雪乃様は本当にスイーツがお好きなんですね。」


「ええ、それはもう!」


雪乃の瞳が輝く。


そんなやりとりを、王宮で眺める姉妹たちは、ため息をついた。


「これ……もうスイーツ外交なんじゃ?」


「いや、スイーツを媒介にした 恋のはじまり では?」


月と花が顔を見合わせる。


政略結婚の可能性?


「身分からすれば、充分釣り合うと思うけど……。」


月が考え込むように呟く。


「それはそうだけど、政略結婚なんて、壱姉様が納得しないでしょう?」


花が肩をすくめる。


「でも、当人同士が望めば、ただの政略結婚とは言えないわよね?」


「え? じゃあ、本当に雪姉様……皇后になるの?」


「まだ何も決まってないわよ!?」


会話がとんでもない方向に進む中、夜は淡々と新たな映像を解析し続けていた——。





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