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1. 南蛮帝国への訪問
転移門を抜けた瞬間、雪乃の目の前に広がったのは、南蛮帝国の異国情緒あふれる光景だった。
石畳の道は、柔らかなランタンの光に照らされ、建物の壁にはツタが絡まり、赤や金色の装飾が施された店々が軒を連ねている。街の空気には、スパイスや甘い焼き菓子の香りが漂い、遠くからは異国の楽器の音色が聞こえてくる。
「ふふっ、やっぱり素敵な雰囲気ね。」
雪乃は軽く微笑み、景色を楽しもうとしたが、すでに前を歩き始めている影があった。
「参りましょう、雪乃様。」
小夜だった。彼女は一糸乱れぬ姿勢で、まるで道を知っているかのように迷いなく進んでいく。
「……行き先、分かるの?」
「はい、青ぴよからデータを受け継いでいます。」小夜は当然のように答えた。
「それに、警戒が必要ですので、雪乃様が先に歩かれるのはお控えください。」
「え? でも、別にここってそんな危ない場所じゃないでしょ?」
「油断は禁物です。」
小夜は一瞬も気を抜かず、周囲を警戒するように目を光らせている。
「はいはい、分かったわよ。」
雪乃は肩をすくめながら、小夜の後ろをついて歩く。
南蛮帝国の夜は幻想的な灯りが並び、どこからともなく異国の香ばしい匂いが漂ってくる。喫茶店のメモを確認しながら、雪乃は再び目的の店を目指した。
しかし、彼女たちは気づいていなかった。
彼女たちの動向を、どこかからじっと見守る影があることを——。
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2. 喫茶店での再会
夜の街を抜け、雪乃と小夜は目的の喫茶店にたどり着いた。
扉を開くと、店内は柔らかな灯りに包まれ、ほのかに紅茶の香りが漂っている。温かな雰囲気に、雪乃はほっと息をついた。
「お待ちしていました、雪姫様。」
奥の席に座る男が、微笑みながら立ち上がる。
南蛮帝国の皇帝、アルグリット4世。
「こんにちは、皇帝陛下。」
雪乃は軽く会釈しながら、隣の小夜に視線を向けた。
「この子は小夜ちゃん。私の護衛です。」
「ほう……護衛?」皇帝は少し驚いた表情を浮かべ、小夜の姿を見つめた。「こんな小さな子が?」
「護衛の任を受けました。」小夜は無表情で答える。
その凛とした態度に、皇帝が目を細める。
「なるほど……ただの少女ではないのですね。」
「夜ちゃんの妹のようなものです。」
「夜? あの時、君の店にいた護衛か?」
「ええ。彼女は夜の改良版みたいなものです。」
「ほう……興味深い。」
皇帝は楽しそうに笑いながら、近くの席を指さした。
「さあ、どうぞお座りください。今日も特別なスイーツを用意していますよ。」
「それは楽しみです。」
雪乃は小夜を伴って席についた。
しかし、小夜の瞳はすでに店内の"異変"を捉えていた。
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3. 皇帝と小夜の初対面
「ほう……確かに謎めいた力を感じる。」
皇帝の鋭い視線が、小夜の一糸乱れぬ姿勢を見極めるように注がれる。
「……警戒されるのであれば、ここを離れますか?」
小夜は無表情のまま、冷静に問いかける。
「いや、そういうわけではない。」皇帝は楽しげに笑う。「むしろ、興味が湧きましたよ。」
紅茶の香りが漂う店内。雪乃と皇帝の間に流れる穏やかな時間。
しかし——。
小夜はすでに気づいていた。店の片隅に潜む"何者か"の存在を。
(——誰かが、こちらを監視している。)
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4. 盗撮事件の発覚
小夜が突然口を開いた。
「皇帝陛下、あの爺を店内から排除しても良いですか?」
雪乃はお茶を吹き出しそうになった。
「ちょっ!?小夜!?何言って……」
「あの爺、先ほどから雪乃様を凝視している上に、魔道具と思われるもので隠し撮りを試みています。」
皇帝の表情が一変する。
「貴様!何で世の大切な時間を邪魔する!?」
老人はバツの悪そうな顔をしながらしれっと言い訳を試みる。
「い、いえ、これは純粋に記録のためでして……」
「記録!?ふざけるな!」
皇帝の怒声が店内に響く。
「排除しても?」
「お願いします!」
小夜は襟首をつまみ、老人をひょいと持ち上げ、店の外へ放り出した。
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5. 雪乃の寛大な裁定
「お待ちください、皇帝陛下。」
雪乃が静かに制止する。
「私は、事を公にしたくありません。」
皇帝は目を細める。「本当にそれでよろしいのですか?」
「ええ。外交問題にするのは本意ではありません。私はただ、スイーツを楽しみに来たのですから。」
皇帝はしばし沈黙し、ゆっくりと頷いた。
「……わかりました。データを破棄せよ。」
男が映像を消去し、小夜がそれを確認する。
「……問題ありません。」
「ならばよし。」皇帝は冷たく言い放った。
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6. 雪乃の機転と皇帝の信頼
皇帝は雪乃を見つめ、微笑んだ。
「貴女は優しい方だ。世の国でも、貴女のような王族はそうそういない。」
「そんなことはありませんよ。ただ、波風を立てたくなかっただけです。」
「また、お会いできることを楽しみにしています。」
「ええ、ぜひ。」
そうして、雪乃は小夜を伴い、転移門へと向かった。
彼女の後ろ姿を見つめながら、皇帝アルグリット4世は、名残惜しそうに呟いた。
「……やはり、面白いお方だ。」
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