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第51話 小夜3:小夜の謎

雪の庭 - 夜


小夜の決断


 小夜は静かに目を閉じ、自己診断を開始した。


(記録に矛盾なし。データ完全削除確認。)


 南蛮帝国での出来事——皇帝の側近が魔道具で雪乃を隠し撮りし、それを発見した小夜が排除。皇帝の許可のもと、問題を公にせず解決した。しかし、雪乃は望んでいなかった。


「このことはなかったことに——」


 それが雪乃の意思であり、小夜にとって最優先すべき命令だった。


(では、記録を完全に消去するのが最適解。)


 彼女のシステムは、過去の記録を一切復元できないように処理し、徹底的に抹消した。データの断片すらも残さない。情報がなければ、調べられても何も出てこない。すべては、「本当に」なかったことになる。


(トラブルがあったことは事実。しかし、その詳細を記録することは不適切。)


 小夜の思考は冷静で論理的だった。だが、それはもはや単なる機械的な処理ではなく、一種の判断だった。彼女の中に生まれつつある「判断基準」は、雪乃の安全を最優先にするものだった。


(私は護衛。雪乃様の意向を最優先する。記録の有無は問題ではない。最も重要なのは、"安全"を確保すること。)


 そして、小夜の記憶に残ったのは、「何らかのトラブルがあった」という漠然とした認識と、「それを記録してはならない」という自己判断だけ。


(これで問題ない。)


 彼女の瞳には、何の迷いもなかった。まるで、何も起こらなかったかのように雪乃の後を静かに歩き出す。その動きには、一切の揺らぎがなかった。



---


雪の庭 - 夜


通信途絶と花の違和感


「なんか、さっき、一時的に小夜からの通信が途絶えました。既に復旧しましたが……」


 カウンターの向こうで作業していた夜が、ふと報告を入れる。


「え? 小夜のトラブル?」


 新しい魔道具の設計をしていた花が、顔を上げる。


「いえ、電波状況が悪かったと小夜から連絡がありました。ノイズが入ったのかもしれません。」


 夜は慎重に言葉を選びながらも、明らかに気にしている様子だった。


「小夜のシステムが何か独自判断したのかしら?」


 花が小さく呟くと、月が興味を示した。


「独自判断?」


「小夜は、ただ命令に従うだけのシステムじゃないの。」


 花は、魔道具の設計図を軽く叩きながら言った。


「はあ?」


 月は、きょとんとした表情を浮かべる。


「常に最適行動をとるための思考をするようになってる。そのためには、常時つながってるはずの通信を時に遮断したりしてもおかしくない。」


 夜が無表情のまま、静かに補足する。


「つまり……小夜は、自分の判断で通信を切った可能性がある?」


「可能性は高いわね。状況を見て、何が最適かを選択したのかも。」


 花はそう言いながら、頬に指を当てて考え込む。


「それって、もう普通の人間と変わらなくない?」


 月が、少し怖気づいたように言った。


「かなり、人間に近い思考をするけど、そこまでは行かない。」


 花は軽く肩をすくめた。


「でも、小夜がその場で何を思って通信を遮断したのかは、気になるところね……。」


 夜は静かに頷くと、データを再確認するために端末を操作し始めた。



---


雪の庭 - 夜


データ削除の発覚


「……あれ?」


 端末を操作していた花の手が、ぴたりと止まった。


「何かあった?」


 月が覗き込む。


「……小夜のデータが、消えてる……」


「え?」


 花の言葉に、月と夜が同時に驚きの声を上げた。


「ちょっと待って、まさかそんなはず……」


 花は端末を慎重に操作し、再確認する。


「……小夜のシステムログが途中で途切れてる……そして、該当する時間の記録が完全に削除されてる。」


「つまり……何かを隠したってこと?」


 月が鋭く問いかける。


「そう考えるのが妥当ね。」


 花は腕を組みながら唸る。


「いやいやいや、あんたが作ったんでしょ!」


 月が思わず花の肩を揺さぶる。


「そんな勝手に情報を消すような仕様にしたの!?」


「してない! 本来、データは24時間保存された後、その後圧縮データとして1年保存される。そして不要と判断されたデータのみデリートされる仕組みよ。」


 花がキッパリと言い切る。


「でも、小夜には、状況に応じて『最適な行動を選択する』プログラムを組んでるのは確か。」


「最適な行動……?」


 夜が呟くように問いかける。


「それが情報を削除することだったの?」


「……そうなるわね。」


 花は頭を抱える。


「確かに、自分や雪姉様の安全を守るためなら、外部に知られたくない情報を処理するのも『最適な行動』の一つかもしれないけど……」


「それ、もう完全に独立した思考を持ってるってことじゃ……」


 月が呆然としながら言う。


「いや、そこまでは行ってない。でも、すごく人間に近い『選択』をしたことは確かね。」


 花はそう言いながらも、内心で少しだけゾクッとした。


(私が作ったものなのに……私の制御を超えた選択をするなんて。)


「とにかく、今は様子を見るしかないわね。」


 夜が冷静にまとめる。


「小夜がどんな意図でデータを削除したのか……それが、今後の行動にどう影響するのか。」


「……うん。でも、正直、ちょっとだけ怖いかも。」


 月が小さく呟いた。


 小夜の思考は、ただの魔道具の枠を超えつつあった——。



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