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第52話国家関係と友人関係の危機1



小夜は、静かに店の前を掃き清めていた。

いつも通り丁寧で、無駄のない動き。

雪乃が外に出ると、柔らかな朝の光が街並みを包み、心地よい風が吹いている。


そこに、開店準備のため月が現れた。

ふと顔を上げ、空を見上げる。


「いい天気ね。でも最近、小鳥が多いわね?」


同じように小夜も空を見上げた。

遠くの空には何羽もの小さな鳥が、くるくると旋回している。


「あれは、防犯カメラシステムの量産型ぴよぴよさんが大量に投入されたからですよ。」


「はあ?防犯カメラ?」


月は目を丸くして小夜を見た。


「はい、防犯対策として警察機構が花様に頼み込んで作ったらしいです。」


月はその言葉に眉をひそめた。


「あの子は……忙しいとか言って仕事増やしてんじゃないわよ!」


小夜は小さく笑うことなく、淡々と続ける。


「元々は王都内での治安改善目的だそうです。特に重要地区には重点的に配置され、今も増え続けています。」


月は呆れたようにため息をつくと、手を腰に当てて首を振った。


「あの子、忙しいとか何か言うくせに、余計なものばっかり作ってんだから……!」


「それでも結果として犯罪検挙率は向上していますから、ある意味最適だったのでしょう。」


小夜の理知的な分析に、月はさらに肩を落とした。


「いや、そもそもぴよぴよさんを防犯カメラ代わりにするなんて発想がヤバいんだって……」


「花様にとっては最適解だったようです。」


その無表情な一言に、月はさらにため息をつきながら、店内へと戻っていった。


「ほんと、花って忙しい忙しいって言いながら、やることだけは倍増させてんのよね……。」


雪の庭 — 交わされる会話


月が店内に戻ろうとしたとき、小夜がさらりと言葉を付け足した。


「そのうえ、ご自分の研究もしているようです。」


「……は?」

月は足を止め、振り返った。


「この上、何やってんのよ!」


花は、防犯カメラシステムの量産型ぴよぴよさんを開発しながら、さらに別の研究も進めているらしい。


「さあ? 内容まではわかりません。」


小夜は淡々と答える。


「でも、たしかに忙しそうでした。王都の防犯システムと軍の警戒システムを同時に設計し、さらに新しい魔道具の開発にも携わっているようです。」


「……それ、ヤバくない?」

月は額に手を当て、深々とため息をついた。


雪乃も、その言葉に心配そうな顔をする。


「過労で体調を崩さないといいけど……。」


雪乃の声には、明らかに憂いが混じっていた。


花は天才的な技術者であり、彼女が手掛けるものはどれも王都の発展に大きく寄与している。だが、その分、彼女自身の負担も計り知れないものになっているのだろう。


「……あとで様子を見に行こうかしら。」


雪乃のその呟きに、月も頷く。


「そうね。どうせアイツ、休憩も取らずにぶっ通しで作業してるでしょ。」


「多分。」


小夜の無表情な返答に、二人は苦笑した。


—— それぞれの役目を果たしながらも、支え合う姉妹たち。

雪の庭の朝は、そんな優しい空気の中で、静かに開店を迎えようとしていた。


王宮訪問 — 花の研究棟へ


閉店後、雪乃は月と小夜を連れて王宮へと向かった。


ジパングの中心にそびえ立つ巨大な城——それは、あまりにも広大で、建物間の移動すら馬車が必要な規模だった。


「相変わらず、大きすぎて……非効率よね。」

月がため息交じりにぼやく。


「本当ね。散歩中に迷子になっても、暫く気づかれないくらいには広いもの。」

雪乃は軽く笑いながら、ちらりと月を見る。


——以前、月は散歩中に突然思い立ち、そのままラルベニアにある雪乃の店までやってきてしまったことがある。

当然、王宮では大騒ぎになったが、本人は「だって、行きたくなったから」と悪びれる様子もなく、周囲を呆れさせた。


目を合わせないようにする月。


「……とにかく、さっさと花に会いに行きましょう。」


正門をくぐると、そこには馬車が並んでいた。

ここでは、目的地を告げると、専用の馬車が建物まで送り届けてくれるシステムになっている。


「これは、雪姫様、月姫様。」

門番の衛兵が恭しく頭を下げた。


「今日はどちらへ?」


「中央棟にお願いします。花に会いに来たの。」


すると、衛兵が少し困ったような表情を浮かべる。


「花様ですと……中央棟ではございませんが……。」


「え? 王族の部屋は中央棟のはずでしょう?」


月が怪訝そうに尋ねると、衛兵は申し訳なさそうに答えた。


「花姫様は、独立したご自分の研究棟を女王陛下より贈られ、現在はそちらに住居を移されました。」


「……は?」


「花が、自分の研究棟……?」


雪乃と月は、同時に顔を見合わせる。


「そんなの、いつの間に建てたのよ……。」


「さすがに、それは聞いてないわよ……。」


衛兵は淡々と説明を続ける。


「花姫様の研究が王国にとって重要であると判断され、女王陛下が特別に許可を出されました。最新の魔道設備を備えた、最先端の研究施設でございます。」


「……もう、驚かないわよ。」


月は諦めたように肩をすくめた。


「じゃあ、そっちに行く馬車を出して。」


「雪乃様、実は——馬車はもう廃止され、代わりに 魔道車 というものに変わりました。」


「……魔道車?」


「はい。魔力で動く無人車両でして、行き先を告げれば、自動で目的地までお連れします。」


雪乃と月は、しばらく無言で衛兵を見つめた。


「それって、もちろん……。」


「はい、花姫様の発明です。」


「……。」


「……。」


「もう、本当に……!」


月は天を仰ぎ、雪乃は深いため息をついた。


花は一体、どこまで先を進んでいるのか。


もう、驚くことにも疲れてきた。



魔道車の驚異と花の研究棟


雪乃たちを乗せた 魔道車 は、ゆっくりと王宮内の道を進んでいた。

速度こそ馬車と変わらないが、驚くべきことに まったく揺れない。


「すごいわね、これ……景色が見えなかったら、動いてることすらわからないほど揺れないわ。」


雪乃が感心しながら座席に手を置くと、まるで 宙に浮いているかのような滑らかさ を感じる。


「こういうとこ完璧なんだから……。」


月は 呆れたような、しかしどこか感心したような表情 でため息をつく。


花が開発したものならば、当然といえば当然かもしれない。

だが、それでも実際に体験すると、その 精密さと技術力 に圧倒されずにはいられなかった。


「これ、普通に街中にも導入すればいいのに。」


「花に言えば? でも、きっと"コストがかかる"とか言われるわよ。」


「……うん、間違いなく言いそう。」


魔道車は静かに進み、やがて目的地へと近づいていった。


そして、雪乃と月の目の前に 巨大な建物 が姿を現す。


「……え?」


雪乃が目を見開いた。


「嘘、中央棟と同じぐらい大きい。」


月も驚きの声を上げる。


「やたら、でかいの建てたわね……。」


呆れる月をよそに、雪乃は 目の前の研究棟を改めて見上げた。


白亜の巨大な建物、王宮の中央棟にも劣らないほどの規模——

いや、むしろ研究設備が充実している分、こちらの方が先進的に見える。


「……花、本当に"研究棟"の範囲を超えてるわよ、これ。」


「あの子、一体どれだけの設備を要求したのよ……?」


「……とにかく、行って確かめるしかないわね。」


雪乃と月は、小夜を連れて 花の研究棟 へと足を踏み入れた。



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