南蛮帝国訪問――雪乃の決断
南蛮帝国の皇帝側近が起こした事件の決着をつけるため、雪乃は直接、帝国の帝城を訪れる決意を固めた。
その場には、彼女の妹である月、小夜、そして信頼できる護衛たち――夜、忍、弥生が同行することとなる。
「さて、月、小夜ちゃん、夜ちゃん、忍、弥生、帝国に同行して。」
雪乃は、静かに、しかし力強く全員に呼びかけた。
「え? 私も?」
月が驚いたように雪乃を見つめる。
「こちらの抗議が本気であることを示すためよ。」
雪乃は淡々と答える。
「今回は、公式訪問と同等の扱いになるわ。
だからこそ、私たちはジパング王国の代表として、正装で帝城を訪れる必要がある。」
雪乃の本気が伝わり、その場の緊張感が一気に高まる。
全員が背筋を伸ばし、彼女の指示を待った。
「私は抗議ではなく、交渉をしに行くつもりよ。
皇帝が誠意をもって対応するなら、それを受け入れる。
でも、もし適当な言い訳で誤魔化そうとするなら……私たちはそれ相応の対策を取る。」
雪乃の言葉に、一同は静かに頷いた。
彼女の意思は、揺るぎないものだった。
転移門を越えて――南蛮帝国へ
帝国への移動手段として、彼女たちは転移門を使用することとなった。
転移門が開くと、眩しい光が広がり、雪乃たちは帝国の広大な大地へと足を踏み入れた。
「……いつ見ても壮大ね。」
月が息を呑む。
南蛮帝国の帝城――それは、まさに王者の威厳を体現するかのような巨大な城だった。
城門の先には、荘厳な宮殿がそびえ立ち、石畳の回廊が美しく整備されている。
ジパングの宮殿とはまったく異なる雰囲気。
文化の違いが、建築様式の細部にまで表れていた。
「緊張するな……。」
忍が小さく呟く。
「ふふ、帝国の人々も同じ気持ちかもしれないわね。」
雪乃は微笑みながら、ゆっくりと歩みを進めた。
一行は、城門の前で待機していた皇帝直属の近衛兵に迎えられた。
彼らは雪乃たちの姿を確認すると、即座に敬礼し、門を開いた。
「ジパング王国の雪乃姫と随員の皆様、皇帝陛下が謁見の間でお待ちです。」
案内されるままに、雪乃たちは帝城の奥へと向かう。
その道中、城内の者たちが雪乃たちを驚きの目で見つめていた。
――それもそのはずだった。
ジパング王国の王女が、抗議のために直接、乗り込んでくるなど、帝国側にとっても異例の事態だった。
「雪姉様、彼らの視線が痛いんだけど……。」
月が苦笑しながら、小声で囁く。
「気にすることはないわ。」
雪乃は静かに言った。
「私たちは、正当な権利を主張しに来ただけ。
それを驚くのは、むしろ彼らの方が慣れていない証拠よ。」
そうして、一行は帝国の謁見の間へと足を踏み入れた。
皇帝との対面
豪奢な玉座の間。
その最奥、金と紅で装飾された玉座に、南蛮帝国の皇帝が鎮座していた。
「……ようこそ、ジパング王国の姫君よ。」
皇帝は落ち着いた表情で雪乃を見つめる。
その横には、皇帝の側近たちが静かに控えている。
だが、彼らの表情は硬い。
――当然だった。
自国の者が不始末を起こし、それに対する正式な抗議として、ジパング王国の王女がここまで来たのだ。
軽い謝罪だけで済むような問題ではない。
「突然の訪問、失礼をお許しください。」
雪乃は静かに、しかし威厳をもって言葉を紡ぐ。
「ですが、この問題は貴国の重大な過失であり、見過ごすことはできません。」
皇帝はしばらく沈黙し、やがて静かに口を開いた。
「……事の経緯は報告を受け把握している。」
彼の視線が、一行の後ろにいる捕らえられた側近へと向けられる。
「お前の愚行によって、両国の関係に亀裂を生じさせることになった。
言い訳があれば、ここで述べよ。」
男は震えながらも、必死に言葉を絞り出す。
「申し訳ありません、陛下……私は、ただ、帝国にとって有効な情報を……」
「黙れ。」
皇帝の一言が、男の口を塞いだ。
その言葉には、一切の感情がなかった。
ただ、圧倒的な威圧感だけがそこにあった。
皇帝は深く息をつき、再び雪乃を見つめた。
雪乃の宣言
雪乃は一歩前へ進み、静かに宣言した。
「この者は、わが国の第七王女・花姫を尾行・監視するという犯罪を犯しました。
もし、わが国の民がこの罪を犯した場合、極刑は免れません。」
皇帝の表情がわずかに動いた。
「加えて、花姫はその内容を語ることはできませんが、わが国において要職にある身です。
それに関する何らかの情報を帝国が得た事実があれば、
わが国は、貴国との国交断絶を考慮せざるを得ません。」
その言葉に、場が凍りついた。
「……国交の断絶。」
皇帝が低く呟く。
「ええ。」
雪乃は冷静に続ける。
「私たちは、南蛮帝国を信頼しているからこそ、この場で話し合う機会を設けました。
しかし、その信頼が損なわれるような事態が続くのであれば、
わが国は貴国と今後の関係を考え直さねばなりません。」
皇帝はじっと雪乃を見つめた。
しばしの沈黙の後、ゆっくりと頷く。
「貴国の懸念は理解した。」
皇帝は毅然とした態度で言った。
「この男の処遇については、貴国の判断に委ねる。
そして、この件に関して、貴国の信頼を取り戻すための対策を約束しよう。」
「ありがとうございます。」
雪乃は軽く頭を下げた。
皇帝は、男の方を見ると
「できることなら、私の手で貴様を八つ裂きにしてやりたいくらいだ!」
男に対する怒りを隠そうとしない。
帝国との交渉――雪乃の決断
南蛮帝国の皇帝との謁見の間、空気は重く張り詰めていた。
帝国の重臣たちが息を呑む中、雪乃は凛とした姿勢を崩さなかった。
彼女は、妹・花姫を守るため、そしてジパング王国の誇りを守るためにここに来たのだ。
「ですが、私自身には、人を裁く権利を持ちません。」
雪乃は静かに、しかしはっきりと宣言する。
「わが国で正式な手続きを踏めば、壱姫女王陛下の知るところとなります。
そうなれば、例え情報の漏洩の事実がなかったとしても、両国の関係悪化は避けられません。」
雪乃は一歩前へ進み、皇帝の目をまっすぐに見つめた。
「それでも、こちらに委ねるお覚悟はございますか?」
謁見の間が静まり返る。
南蛮帝国の皇帝は、しばらく沈黙したまま雪乃の言葉を吟味するように目を細めた。
その間、周囲の重臣たちは不安そうに皇帝の判断を待っている。
彼らは理解していた。
この場の判断が、今後の外交関係を大きく左右することを――。
皇帝の選択
やがて、皇帝は低く静かな声で答えた。
「ジパング王国との関係は、長年にわたり築いてきたもの。
私としても、それを損なうつもりはない。」
彼は雪乃を正面から見据え、言葉を続ける。
「よって、この男の処遇については、貴国の裁定に委ねる。
ジパングの法に則り、然るべき裁きを受けることを認めよう。」
皇帝のその言葉に、重臣たちが驚きの声を漏らす。
「陛下、それは……!」
「本当に、よろしいのですか……?」
「静まれ。」
皇帝が一喝すると、場は再び沈黙に包まれる。
彼は再び雪乃に向き直った。
「……だが、私は一つ問いたい。」
「何でしょう?」
雪乃は微動だにせず、問いに応じる。
雪乃の決断
皇帝は静かに口を開いた。
「その者は、私の部下である以前に、長年この帝国に仕えてきた者だ。
処刑されることになれば、帝国内に動揺が生じる可能性もある。
貴国として、この件をどのように決着させるつもりか、考えはあるのか?」
皇帝の言葉には、ただの政治的判断以上のものがあった。
それは、皇帝としての責務と、長年の臣下への情だった。
それに対し、雪乃は迷わず答えた。
「その者は、私の大切な妹の安全を脅かしました。
私は、私の妹に危害を加える者がいるのなら、例え他国と戦争となるとしても容認できません。」
皇帝の目がわずかに細められる。
雪乃の言葉は決して誇張ではなかった。
彼女の瞳には一切の迷いがない。
「……なるほど。」
皇帝は短く呟き、静かに目を閉じた。
交渉の終結
「……では、貴国の法に則り、処遇を決めるがよい。」
皇帝は最終的に、全てを雪乃に委ねる決断を下した。
「ただし、私は今後もジパング王国との友好関係を望んでいる。
だからこそ、今回の件に関しては、慎重な裁定を望む。」
「……承知しました。」
雪乃は深く頷く。
彼女は皇帝の本心を理解していた。
彼は決して、部下の罪を庇おうとしたわけではない。
ただ、帝国の統治者として、動揺を最小限に抑えようとしているだけなのだ。
「今回の件、貴国が誠意を持って対応してくださったこと、感謝いたします。」
雪乃は静かに礼をする。
「では、私たちはこの男を連れて帰ります。」
皇帝はそれに頷き、雪乃たちの帰還を見送った。
帰還――新たな未来へ
雪乃たちは捕らえた男を連れて、再び転移門をくぐり、ジパング王国へと帰還した。
「……終わったわね。」
月が大きく息を吐く。
「ええ。」
雪乃は頷く。
今回の交渉は、帝国との信頼関係を損なわずに、ジパング王国の誇りを守る結果となった。
「……でも、これで全てが終わったわけじゃない。」
雪乃は静かに呟く。
「これからは、帝国との間に新たな関係を築いていくことが必要になるでしょうね。」
「雪姉様、なんか少し難しい顔してるけど……大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。」
雪乃は微笑んだ。
南蛮帝国の皇帝との関係は、これからどのように変化していくのか――。
それは、まだ誰にも分からない未来だった。
壱姫女王陛下への報告
雪乃は深いため息をつきながら、頭を抱えた。
「はぁ……」
「どうしたの、雪姉様?」
月が不思議そうに問いかける。
「この男の件よ。正式な手続きはともかく……壱姉様がどう出るか、思いやられるわ……」
「……あっ!」
月が思わず声を上げる。壱姉様――すなわち、壱姫女王陛下が関わるとなると、ただの外交問題では済まされない。
「もちろん、この男は許せないわ。でも、できれば南蛮帝国との関係までは悪化させたくない。とはいえ、壱姉様の性格を考えると、かなり厳しい対応を取るかもしれない……」
雪乃は、頭の中で壱姫の顔を思い浮かべながら、少し肩をすくめた。
「そういうわけだから、今から壱姫姉様……いえ、壱姫女王陛下に事情説明に行ってくる。」
「……が、頑張ってね……」
月が小さな声で応援する。
「皇帝に会うより緊張するわ……」
雪乃は、心の中で軽く気合を入れながら、王宮の奥へと足を踏み入れた。
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王宮・謁見の間
重厚な扉の前で、雪乃は静かに深呼吸をした。壱姫女王陛下――ジパングの最高権力者であり、実の姉でもある人物と話をするというのは、家族であれど気の抜けるものではない。
扉が開かれ、謁見の間に通される。
黄金に輝く柱、緻密な装飾が施された天井、そして玉座の上に堂々と座る一人の女性。
壱姫女王陛下。
彼女は鋭い眼差しで雪乃を見つめ、口を開いた。
「雪乃。帝国から戻ったそうね。何があったのか、報告しなさい。」
その声は決して怒っているわけではなかったが、絶対的な威厳を感じさせるものだった。
雪乃は一礼し、静かに口を開いた。
「南蛮帝国の皇帝の側近の一人が、花を尾行・監視していたことが判明しました。」
「……ほう?」
壱姫の表情が一瞬だけ鋭くなる。だが、それ以上の感情を表に出すことはなかった。
「その男は捕らえ、事情を聞いたところ、まだ情報を掴んでいないようですが、明らかに何かを探っていたようです。これは外交問題に発展する可能性があると判断し、私自ら帝国へ赴き、皇帝と直接交渉しました。」
壱姫は静かに聞いていたが、雪乃の言葉が終わると、ゆっくりと口を開いた。
「皇帝は、どのような反応を?」
「……この件については帝国側の過失を認め、全面的に謝罪を申し出ました。また、捕らえた側近をこちらに引き渡し全ての裁定をこちらに委ねると。」
「ふむ……」
壱姫は、玉座の肘掛けに肘を置き、指先で軽く頬を支えながら考え込む。
「雪乃。もし、その約束が反故にされた場合、どうするつもりか?」
雪乃は迷わず答えた。
「その時は、国交断絶を視野に入れるべきだと考えます。」
その言葉に、壱姫の目が細まる。
「お前がそう言うとはな……」
「……?」
「雪乃、お前は昔からどちらかと言えば穏健派だったはず。だが、今回は随分と強硬な意見を持っている。」
雪乃は静かにうなずいた。
「この者は、私達の大切な妹の安全を脅かしました。私は、私の妹に危害を加える者がいるのなら、例え他国と戦争になろうとも容認できません。」
その言葉に、謁見の間が一瞬静まり返る。
壱姫は雪乃をじっと見つめ、やがて満足そうに微笑んだ。
「いいだろう。その覚悟があるならば、今回の件、正式に外交問題として処理しよう。」
「……!」
「ただし、現時点では帝国の皇帝が誠意を見せた以上、国交断絶までは考えない。だが、今後何かしらの不審な動きがあれば、速やかに報告しなさい。」
「……承知しました。」
「よろしい。では、花には十分な警護をつける。今後、何者にも狙われぬように。」
「はい。」
「そうだな……南蛮帝国には、謝罪と賠償金くらいで勘弁してやるか。」
雪乃は、その言葉に小さく息を吐いた。
「それでよろしいのですね?」
「その男個人の罪だ、国交を断絶するほどの問題ではない」
そう言って、壱姫女王は満足げに微笑んだ。
雪乃は少し驚きながらも、壱姫がどのような額を要求するつもりなのか興味を持った。
そう言いながら、壱姫は手元の書類を持ち上げ、雪乃に見せた。そこには、要求する賠償金の額が記されていた。
「っ……!?」
雪乃は目を疑った。
「そんなに?国家予算何年分ですか?」
驚きのあまり、思わず口にしてしまう。
「それだけのことをしでかしたのだ。しかも側近という要職にある者がだ! それは、つまり国家――南蛮帝国そのものの犯した罪に等しい。少なくともそんな者を要職につけた皇帝の罪は免れないのだ。それぐらいの誠意を見せなくて許せるものか?そうは思わぬか?」
壱姫は鋭い視線を雪乃に向ける。
雪乃は一瞬、言葉に詰まった。確かに、側近が関与していた以上、個人の罪では済まされないのは事実だ。しかし、ここまでの巨額の賠償金を要求するのは、南蛮帝国にとっても大きな負担になるだろう。
「……私も、あの男本人は許せませんが、個人の罪であると思います。」
慎重に言葉を選びながら答える。
「言ったろう? そんな者を要職につけた皇帝の罪だと。」
壱姫の声には、微塵の迷いもなかった。
「国家のトップというものは、すべての責任を背負う立場にある。たとえ部下の行いであろうとも、皇帝が選んだ人間が問題を起こしたならば、それは皇帝自身の責任と同じだ。」
雪乃は壱姫の厳格な姿勢を前に、ゆっくりと息を吐いた。
「……南蛮帝国がこの要求を受け入れなかった場合、どうなりますか?」
「決まっている。わが国との国交は即時断絶。必要であれば、貿易の制限、外交圧力の強化も辞さない。」
「……」
壱姫は真剣だった。それほどまでに、今回の事件を重く受け止めている。
「これは、単なる賠償金の問題ではない。わが国を軽んじる者に対し、相応の代償を払わせる。これは国の誇りのための戦いだ。」
「……理解しました。」
雪乃は静かに頷いた。
」
「私の名のもとに、この件を進める。」
壱姫はそう言うと、改めて書類に目を通しながら、鋭い眼差しを向けた。
「この国を脅かす者には、それ相応の代償を払わせる。それが、王の務めだ。」
雪乃は改めて、壱姫の威厳と覚悟を目の当たりにし、自らも王族としての責任を再確認するのだった。