日本武尊のブリッジには、いつになく緊張感が漂っていた。
船の乗組員はもちろん、随行の側近たち、そして姫たちのお付きのメイドたちまでもが、息を詰めて様子を見守っている。その理由は明白だった――王宮でさえ滅多に揃うことのない七姫たちが、今ここに勢揃いしているのだ。
通常、七姫が一堂に会するのは、王国にとって重大な決断を要する場面に限られる。そして今回は、南蛮帝国への公式訪問――それも単なる親善外交ではなく、国交の在り方すら揺るがしかねない一件についての交渉だった。
特設された王姫の座席
日本武尊のブリッジには、特別に七姫のための座席が設けられていた。ただの間に合わせの席ではない。精巧に作られた特製の座席であり、それぞれの姫の身分にふさわしい意匠が施されている。
壱姫女王の座席は、王国の象徴たる威厳を示すものだった。緻密な彫刻が施された椅子の背もたれには、王家の紋章が刻まれている。
隣に座る雪乃は、普段の穏やかな姿勢を崩さぬまま、静かに目を閉じている。彼女にとっても、これは決して軽い訪問ではないことが伝わってきた。
その横には月。腕を組み、あからさまに不機嫌そうな顔をしていた。とはいえ、その表情の裏には、王家としての責務を果たす覚悟が垣間見える。
花は、自身の研究に関係するのか、興味深そうに日本武尊の内部を見回していた。
その他の姫たちも、それぞれの役割を胸に秘めながら、静かに待機している。
壱姫女王の号令
「では、日本武尊、発進せよ。目標、南蛮帝国!」
壱姫女王の毅然たる命令が下されると、艦内の全員が背筋を伸ばした。
指揮官が通信機を通じて、ブリッジ全体に号令を発する。
「日本武尊、発進準備完了! 魔力炉、最大出力にて起動!」
「航行システム、全機正常!」
「目標、南蛮帝国! 軌道確定!」
ゆっくりと、巨大な艦が浮かび上がる。魔力炉のエネルギーが艦全体を包み込み、光の粒子が甲板を走る。
――静かに、しかし確実に、日本武尊は宙へと浮上していった。
「魔道推進機、作動開始!」
艦の後方から青白い光が放たれると、日本武尊はゆっくりと加速を始めた。窓の外に広がる空が、次第に青から漆黒へと変わっていく。
「進路、南蛮帝国へ。推力、通常航行速度。」
指揮官の声がブリッジに響く。
この航行は、単なる外交訪問ではない。
ジパング王国と南蛮帝国の未来を左右する交渉の場へ向かう、王国最大の戦艦による威厳を伴った進軍である。
日本武尊は、その圧倒的な威容をもって、ゆるぎない目的地へと向かっていた。
帝都の上空に現れる日本武尊
南蛮帝国の帝都上空に、突如として巨大な飛行物体が現れた。
その異様な影が帝城を覆い尽くし、帝都全体が騒然となる。市民たちは、空を飛ぶような巨大な物体を見たことがなかった。
「な、何だあれは!?」
「空に…あんな巨大なものが…」
人々の驚きと恐怖の声が街中に響き渡る。
――それは、圧倒的な存在感を持つ巨艦。
まるで神話の龍がその姿を現したかのように、帝城を睥睨するかのように浮かんでいた。
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皇帝の動揺
「……あれは、一体?」
帝城の玉座の間にいた皇帝も、その光景に動揺を隠せなかった。
その場にいた側近たちも、次々と窓の外を見上げ、困惑の表情を浮かべている。
すると、南蛮帝国の外務大臣が、息を呑みながら叫んだ。
「あれは……ジパングの旗艦、日本武尊(ヤマトタケル)です!」
「日本武尊(ヤマトタケル)…?」
皇帝がその名を繰り返すと、外務大臣は青ざめた表情で続けた。
「壱姫女王陛下の即位式に賓客として招かれた際、私も目にしました…あれは…まさしく、ジパングが誇る最強の空中戦艦。その存在自体がジパングの威信を示すものです。」
皇帝の表情が一瞬にして険しくなる。
「……つまり、日本武尊が来たということは、壱姫女王が自ら帝国に乗り込んできたということか?」
「……その可能性が高いかと……」
玉座の間の空気が凍りつく。
もしも、壱姫女王が直接出向いてきたのだとしたら――これは、単なる外交問題では済まされない。
南蛮帝国が、ジパングの王族に対して敵対的な行為を行ったと判断されたのなら、帝国は全面戦争の危機に瀕することになる。
皇帝は、唇を噛みしめ、即座に決断を下した。
「至急、迎えの準備を整えよ。そして……余の名のもとに、最大限の敬意を持って彼女を迎えるのだ。」
「はっ!」
臣下たちが一斉に動き出す。
窓の外では、依然として巨大な日本武尊が悠然と帝城を見下ろしていた。
皇帝は、その圧倒的な威圧感を前に、拳を固く握りしめた。
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ジパングの意思
その頃、日本武尊の艦橋では、壱姫女王が静かに帝城を見下ろしていた。
彼女の隣には、雪乃が控えている。
「……相手の動きは?」
壱姫女王が問うと、オペレーターが即座に答えた。
「南蛮帝国側は、大急ぎで迎えの準備を進めております。……おそらく、こちらの意思を理解したものと思われます。」
「当然よ。私たちがどれほどのものを持っているのか、見せつける必要があったのだから。」
壱姫女王は微笑みながら、日本武尊の艦橋からの景色を眺めた。
「さて、雪乃。これから帝城へ向かうわよ。」
「ええ、姉上。」
日本武尊の影に覆われた帝都。
この訪問が、南蛮帝国の未来を大きく左右することになるのは間違いなかった――。
南蛮帝国への訪問
帝国への到着
日本武尊から降り立つ多数の上陸艇。その中から現れたのは、ジパング王国の最高権力者である壱姫女王、そして雪乃をはじめとする六人の姫たち、さらに彼女たちを護衛する大勢の騎士団だった。
堂々とした陣容に、南蛮帝国の使者は息を呑んだ。
「じ、女王陛下まで……!」
使者は震える声で呟くと、すぐさま帝城へ伝令を走らせた。
この事態は想定外だった。交渉のために雪乃王女が来るという話だったが、まさか王族全員が揃うとは。
「これは……ただの抗議ではないな」
使者は自国の立場がどれほど危ういのかを理解し、焦燥の色を浮かべながら帝都へと駆けていった。
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帝城にて
帝城の広間には、南蛮帝国の皇帝、そしてその側近たちが厳かに並んでいた。
そこへ、ジパング王国の使節団が堂々と入場する。
先頭に立つのは、壱姫女王。
その隣に控えるのは雪乃、そして他の姫たち。彼女たちの背後には、整然と並ぶ騎士団がいた。
「よくぞ参られた、ジパングの王族たちよ」
南蛮帝国の皇帝が静かに口を開いた。その声は落ち着いていたが、どこか緊張が滲んでいる。