1.雪の庭の騒動
夕暮れ時、雪の庭はいつもと変わらぬ喧騒に包まれていた。
しかし、そのカウンターの片隅で、雪乃はぐったりと突っ伏していた。
「もう無理……」
ぽつりと零れた声は、疲労と倦怠に満ちていた。
「もう王族なんて辞めたい……」
その呟きに、店の面々は一瞬凍りついた。
「えっ!? 雪乃様、今なんて!?」
元メイドの弥生が慌てふためき、皿を落としそうになる。
「王族を……辞める……?」
忍が驚きのあまり目を丸くする。
「ちょ、ちょっと待ってください! それは一大事です!!」
クラリスとセリーヌが同時に叫び、顔を見合わせた。
しかし、一方で月は冷静に紅茶をすすりながら言った。
「ふーん……でも雪姉様が平民になっても、私の姉であることに変わりないわ。」
「月姫様!? そんな簡単な話ではありませんよ!」
クラリスとセリーヌが声を揃えて抗議する。
「まぁ、問題は……王族を辞めた場合の私たちの立場ですね。」
クレアが腕を組みながら呟く。
「私はもともと店員だから、オーナーが誰であれ問題ないですが、王宮関係の方々はそうはいきませんよね?」
「私たちは監視役ですから……王族でなくなれば、監視する理由がなくなります。」
クラリスが困ったように言う。
「それってつまり……雪乃様が王族でなくなったら、私たちもここにいられないってことですよね……?」
セリーヌが肩を落とす。
「護衛の私たちも外される……? 雪乃様以外の護衛なんて考えられない……!」
忍と弥生が顔を見合わせた。
「つまり……スイーツも食べられなくなる?」
クラリスとセリーヌが青ざめる。
「そこなの?」
雪乃は呆れたように顔を上げる。
そんな騒動の最中、小夜がひょこっと顔を出した。
「雪乃様、王宮に来るよう壱姫女王陛下からの呼び出しです。ないとほーくを通じて連絡が来ました。」
「……来ると思ってた。」
雪乃は疲れたように立ち上がった。
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2.王宮での話し合い
王宮の広間には、すでに三人の姉が待っていた。
ジパング王国女王・壱姫。
その隣には、冷静沈着な第二王女・星姫、そして穏やかな笑みを浮かべる第四王女・風姫が座っていた。
「お前の真意を聞かせてもらおう。」
壱姫が低く静かな声で言う。
「王族をやめて平民になる? 本気なら、理由を聞かせてもらおう。」
雪乃は、ため息をついて答えた。
「私はもう、公的な立場と私的な自分の間で揺れ続けるのに疲れたの。」
「公式行事に振り回され、南蛮帝国の皇帝との関係も、公の立場のためにぎくしゃくしてしまう……そういうことに、もううんざりしているのよ。」
広間に沈黙が落ちた。
星姫が前に出て、静かに言う。
「王族を辞めるという決断は、軽々しくできるものではない。あなたの一言で、ジパング全体が混乱する。それを、少しでも考えたの?」
「考えたわ……でも、私はもうこの役割を果たし続ける自信がないの。」
その時、突然、広間の扉が勢いよく開いた。
「雪姉様ぁぁぁぁぁぁ!!!」
第七王女・花が飛び込んできた。
「えっ? 王族やめるって……私のせい?」
花は涙目で雪乃を見つめる。
「そ、そんなことないわよ!」
「ダメ、やめないで! 雪姉様がやめるなら、私も王族をやめる!!!」
「花!」
星姫が叫ぶ。
「ちょっと待って!? 花が王族をやめたら、魔道具開発が止まる!!!」
「壱姉様ぁ! どうにかして!!!」
星姫が壱姫を見た。
「お前が王宮を抜けたら困る!!!」
壱姫が焦る。
花は大粒の涙を流しながら叫んだ。
「私のせいだ……私が余計なことをしたから……」
「あなたのせいじゃないわ。」
雪乃は花の肩を優しく抱きしめた。
「平民になっても、あなたの姉であることは変わらないわ。だから、泣かないで。」
しかし、花の発言に王宮は騒然となる。
そんな中、風姫が静かに微笑みながら口を開いた。
「まぁまぁ、皆さん、落ち着いてください。」
「壱姫姉様、一気に解決する名案があるわ!」
「ほう? 珍しいな、風姫。名案とはなんだ?」
「簡単ですわ! ジパング王国の女王の名のもとに、皇帝陛下と雪姉様を婚約させるのです!」
「……は?」
広間が一瞬凍りついた。
「なんだと、それは、私の忌み嫌う政略結婚ではないか!」
壱姫が声を荒げる。
風姫は微笑みを崩さずに答える。
「あくまで大義名分です。これは、一歩踏み出せない二人の背中を押すためのものです。」
「しかし、政略結婚は……」
壱姫は戸惑いを見せる。
「このままでは、雪姉様は王族を辞めてしまいます。そして、花まで……」
壱姫は目を閉じ、考え込む。
そして、ため息をついて言った。
「納得いかんが……分かった。」
「風姫! 壱姉様、私の意思は?」
雪乃が抗議する。
すると、風姫はさらりと言った。
「政略結婚なのですから、雪姉様の意思は無関係です!」
「風!!!」
雪乃は思わず詰め寄る。
しかし、風姫は微笑みながら言った。
「冗談ですわ。婚約期間に気持ちを整理すればいいのです。これで私的立場と公的立場が一致するのですから、政略結婚を利用すればいいのですわ。」
壱姫は、風姫の言葉に感心したように頷いた。
「風、お前……なかなかの策略家ではないか?」
風姫は優雅に微笑みながら言った。
「お忘れですか? 私は、あなたの妹です。私はただ、雪姉様に幸せになってもらいたいだけです。」
広間が静寂に包まれる。
壱姫は深く頷き、厳かに命じた。
「南蛮帝国へ使者を送れ!」
こうして、雪乃の「王族辞退」騒動は、
まさかの「婚約話」へと発展していくのであった――。