南蛮帝国の皇帝、アルグリット四世は、最近ずっと不機嫌だった。
王宮の重厚な玉座の間に座りながら、彼は憂鬱そうにため息をついた。豪奢な装飾が施された部屋も、彼の心の中に広がる不快感を和らげることはなかった。
理由は明白だ。
部下の不始末が、ジパング王国との友好関係を危うくしかけたからだ。
もちろん、最終的には問題を大事にせずに済んだ。
しかし、アルグリットにとって本当に痛かったのは――
雪乃との関係がぎくしゃくしてしまったことだ。
ジパング王国との関係よりも、そちらの方が深刻な問題だ。
いや、国同士の関係はどうにか悪化を防げた。
だが、雪乃との関係はどうだ?
あれ以来、彼女は一度も自分の喫茶店を訪れていない。
以前は、仕事の合間にふらっと立ち寄ってくれていたのに――
公式行事では何度か顔を合わせたが、彼女はどこか他人行儀で、以前のような気軽な雰囲気は完全に消え失せていた。
"プライベートで会う機会が、まったくない。"
それが、アルグリットにとって最も辛いことだった。
「……返す返すも、あの不忠者め……」
彼は拳を固く握りしめる。
あの愚か者が、余計なことをしなければ――こんなことにはならなかったのだ。
アルグリットは苛立ちを隠せなかった。
あの男のやったことを思い出すだけで、内臓が煮えくり返るようだった。
自分の側近の一人が、雪乃を盗撮した。
しかも、くだらない言い訳をしながら、それを密かに楽しもうとしたのだ。
即座に発覚し、アルグリットは激怒した。
その男を即刻処刑したいほどの怒りに駆られた。
いや、事実、彼はそれを考えた。
だが、外交上の事情により、男はジパング王国に引き渡された。
処刑すらできないとは、なんたる屈辱――!
本来ならば、自らの手で八つ裂きにしてやりたかった。
少なくとも、あの手足を切り落とし、舌を抜き、じわじわと苦しませてやるべきだった。
だが、それすら叶わず、今となってはただ呪うことしかできない。
「……無念だ……」
彼は再びため息をついた。
何よりも許せないのは、雪乃との関係が損なわれたことだ。
それまでは、彼女と少なからず良好な関係を築けていた。
彼の喫茶店に時折現れ、美味しそうにお茶を飲み、気まぐれに新しいスイーツを考案してくれたりもした。
「ふむ、この店のプリン、もう少しコクを出せば美味しくなるのでは?」
「ここの紅茶、ブレンドを少し変えたら、もっと香りが引き立つかも。」
そう言いながら、彼女はまるでそこに**『住んでいるかのように』**振る舞っていた。
その光景が、今では遠い夢のように思えた。
「……くそっ……」
アルグリットは椅子の肘掛けを叩いた。
公式行事の場では、彼は皇帝としての立場を崩せない。
しかし、彼は本音では皇帝としてではなく、ただの男として雪乃と話をしたかったのだ。
それが、今はできない。
何度か彼女に声をかけようとしたが、
彼女は表情を硬くし、距離を取るようになってしまった。
「……もう一度、あの頃のように話すことができれば……」
だが、どうやって?
彼は知っていた。
彼女は、公の場ではなく、もっと自由な環境で話したいのだと。
だが、今や彼女は自分の前では、公的な態度しか取らない。
「……いっそ、私も平民になればいいのか?」
自嘲気味に呟く。
しかし、それが叶わないことは、彼が誰よりも理解していた。
「何か……何か方法はないのか……」
アルグリット四世は、深いため息をつきながら、
どうすれば再び雪乃と気兼ねなく話せるのかを、悶々と考え続けるのであった。
――その答えが、近いうちにジパング王国から届くことを、
彼はまだ知らない。