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第55話 アルグリット四世の憂鬱



南蛮帝国の皇帝、アルグリット四世は、最近ずっと不機嫌だった。


王宮の重厚な玉座の間に座りながら、彼は憂鬱そうにため息をついた。豪奢な装飾が施された部屋も、彼の心の中に広がる不快感を和らげることはなかった。


理由は明白だ。

部下の不始末が、ジパング王国との友好関係を危うくしかけたからだ。


もちろん、最終的には問題を大事にせずに済んだ。

しかし、アルグリットにとって本当に痛かったのは――


雪乃との関係がぎくしゃくしてしまったことだ。


ジパング王国との関係よりも、そちらの方が深刻な問題だ。


いや、国同士の関係はどうにか悪化を防げた。

だが、雪乃との関係はどうだ?


あれ以来、彼女は一度も自分の喫茶店を訪れていない。

以前は、仕事の合間にふらっと立ち寄ってくれていたのに――


公式行事では何度か顔を合わせたが、彼女はどこか他人行儀で、以前のような気軽な雰囲気は完全に消え失せていた。


"プライベートで会う機会が、まったくない。"


それが、アルグリットにとって最も辛いことだった。


「……返す返すも、あの不忠者め……」


彼は拳を固く握りしめる。


あの愚か者が、余計なことをしなければ――こんなことにはならなかったのだ。


アルグリットは苛立ちを隠せなかった。

あの男のやったことを思い出すだけで、内臓が煮えくり返るようだった。


自分の側近の一人が、雪乃を盗撮した。

しかも、くだらない言い訳をしながら、それを密かに楽しもうとしたのだ。


即座に発覚し、アルグリットは激怒した。

その男を即刻処刑したいほどの怒りに駆られた。

いや、事実、彼はそれを考えた。


だが、外交上の事情により、男はジパング王国に引き渡された。


処刑すらできないとは、なんたる屈辱――!


本来ならば、自らの手で八つ裂きにしてやりたかった。

少なくとも、あの手足を切り落とし、舌を抜き、じわじわと苦しませてやるべきだった。


だが、それすら叶わず、今となってはただ呪うことしかできない。


「……無念だ……」


彼は再びため息をついた。


何よりも許せないのは、雪乃との関係が損なわれたことだ。


それまでは、彼女と少なからず良好な関係を築けていた。

彼の喫茶店に時折現れ、美味しそうにお茶を飲み、気まぐれに新しいスイーツを考案してくれたりもした。


「ふむ、この店のプリン、もう少しコクを出せば美味しくなるのでは?」

「ここの紅茶、ブレンドを少し変えたら、もっと香りが引き立つかも。」


そう言いながら、彼女はまるでそこに**『住んでいるかのように』**振る舞っていた。


その光景が、今では遠い夢のように思えた。


「……くそっ……」


アルグリットは椅子の肘掛けを叩いた。


公式行事の場では、彼は皇帝としての立場を崩せない。

しかし、彼は本音では皇帝としてではなく、ただの男として雪乃と話をしたかったのだ。


それが、今はできない。


何度か彼女に声をかけようとしたが、

彼女は表情を硬くし、距離を取るようになってしまった。


「……もう一度、あの頃のように話すことができれば……」


だが、どうやって?


彼は知っていた。

彼女は、公の場ではなく、もっと自由な環境で話したいのだと。


だが、今や彼女は自分の前では、公的な態度しか取らない。


「……いっそ、私も平民になればいいのか?」


自嘲気味に呟く。


しかし、それが叶わないことは、彼が誰よりも理解していた。


「何か……何か方法はないのか……」


アルグリット四世は、深いため息をつきながら、

どうすれば再び雪乃と気兼ねなく話せるのかを、悶々と考え続けるのであった。


――その答えが、近いうちにジパング王国から届くことを、

彼はまだ知らない。



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