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第57話 皇帝の特使、ジパングへ――婚約受諾の知らせ



ジパング王国、王宮――。


その日、王宮の一角にある応接間には、いつもと違う緊張感が漂っていた。

南蛮帝国からの特使が正式に訪れ、ある重大な報せを届けるためにやって来たのだ。


ジパング側からは、壱姫女王、第二王女・星姫、第四王女・風姫、そして当事者である第三王女・雪乃が揃っていた。

特使の到着を告げる声が響き、場が静まる。


「南蛮帝国より、皇帝陛下の特使がお見えです!」


扉が開かれると、南蛮帝国の格式ある礼服を纏った壮年の男性が静かに入室した。

その男は威厳に満ちた態度で、一礼すると壱姫の前に進み出る。


「ジパング王国女王陛下、はじめまして。南蛮帝国より派遣されました、ラファエル・ヴェルディ公爵と申します。」


「遠路はるばるご苦労であった。」

壱姫が軽く頷く。


ラファエル公爵は丁寧に頭を下げると、一枚の書状を取り出した。


「これは、陛下よりの親書でございます。」


壱姫が書状を受け取り、その場で封を切った。

王宮の重厚な雰囲気の中、緊張の面持ちで雪乃は姉の動きを見守る。


壱姫は書状に目を通し、すぐに内容を確認した後、ふっと小さく笑った。


「ふむ、なるほどな。」


その一言で、場の空気が和らぐ。

風姫と星姫も、書状を覗き込む。


「……陛下は、正式にこの婚約を受諾するとのことです。」

ラファエル公爵は、誇らしげに告げた。


雪乃は、一瞬息をのんだ。


――婚約が、正式に決まった。


それはつまり、自分のこれからの未来が大きく変わることを意味している。


嬉しいような、信じられないような、そして……

「こんな形で決まってしまってよいのか」

という戸惑いが、彼女の胸を占めた。


それを見ていた風姫が、微笑みながら雪乃に向き直った。


「いいのよ、雪姉様。利用できることは利用すべきですわ。」


「そんな、人ごとみたいに……」

雪乃は困惑しながら呟く。


「だって、これは好都合ですもの。」

風姫は肩をすくめる。


「そもそも、皇帝陛下が政略結婚を目的としていたわけではありません。むしろ、彼の方がこの話に乗り気なのですから、雪姉様が悩む必要なんてありませんわ。」


「……」


雪乃は、複雑な表情を浮かべながら、無言のまま俯いた。


壱姫はそんな妹の様子を見て、ふっと笑った。


「まぁ、良いだろう。相手は、えらく乗り気だしな。」


「壱姫姉様は、ポリシーを曲げてまで、この政略結婚を納得しているの?」

雪乃は、おそるおそる尋ねる。


「そうだな……」

壱姫は少しだけ考えた後、静かに答えた。


「最初は当然、反対だった。しかし、よくよく考えてみれば、これは政略結婚とは言えん。」


「どういうこと……?」

雪乃が顔を上げる。


「皇帝が、"雪乃との婚約"を政略として考えていないことは明白だからだ。」


「……え?」


「向こうは本気だぞ。少なくとも、雪乃のことを一人の女性として見ていることは間違いない。」


壱姫の言葉に、雪乃の頬が熱くなる。

風姫がクスクスと笑った。


「そういうことですわ、雪姉様。政略結婚という"形式"を利用するだけで、実際は純粋な想いに基づいたものなのですから。」


「でも……」

雪乃は、まだ心の整理がつかない様子だった。


「とりあえず会えば、気持ちも固まるでしょう?」

風姫は軽やかに言った。


「会って話せば、答えが出るのではなくて?」


「……会うの、か。」

雪乃は、呟くように言った。


そう――正式に決まったからには、今度は自分が動かなければならない。


南蛮帝国へ行くことになるのか、それとも皇帝がこちらへ来るのか。

それはまだ分からないが、どちらにせよ、避けられない。


「それに、もう逃げ場はないですわよ?」

風姫が冗談めかして言う。


「だってほら……相手は今頃、ものすごく喜んでいるでしょうから。」


「……」

雪乃は、無意識に南蛮帝国の皇帝を思い浮かべる。


確かに、彼の反応が容易に想像できてしまい、なんとも言えない気持ちになった。


――本当に、このまま進んでいいのだろうか。


まだ答えは出せない。

けれど、避けるわけにもいかない。


こうして、雪乃の「婚約騒動」は、新たな局面へと進んでいくのだった――。





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