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第58話 南蛮帝国訪問――婚約の正式調印へ



南蛮帝国王宮――。


ジパング王国からの使節団が、正式な婚約のために南蛮帝国を訪れた。


その中心にいるのは、壱姫女王、そして雪乃。

今回は正式な随員として、風姫、月、そして花も同行していた。


雪乃にとっては、再びこの地を訪れること自体に、ある種の緊張があった。

だが、それ以上に――

**「これで本当に良いのか」**という迷いが、胸の内に渦巻いていた。


そして、正式な調印の前に開かれた盛大な歓迎式典の中、

彼女はとうとう、南蛮帝国皇帝・アルグリット四世と再び言葉を交わす機会を得た。



---


1. 歓迎式典での対話


煌びやかな宮殿の大広間。

重厚なシャンデリアが輝き、豪華な料理が並ぶ中、

アルグリットと雪乃は、しばし二人で話す機会を得た。


周囲の視線を意識しながらも、雪乃は小さく息を吐き、静かに問いかける。


「……本当に、こんな形でよいのでしょうか?」


彼女の声音には、どこか不安が滲んでいた。

政略の名を借りた婚約――

自分の気持ちは確かにある。

しかし、相手の気持ちはどうなのか、それを確かめずにはいられなかった。


アルグリットは、しばし雪乃を見つめた後、ゆっくりと微笑んだ。


「私は、どんな形でもあなたとともにあれるならば、それで良いと思っています。」


彼の目は、冗談ではなく真剣な色を帯びていた。


「たとえ、悪魔の誘惑だったとしても……私は、喜んで乗っていたかもしれません。」


「……!」


雪乃の頬が、わずかに熱を帯びる。

だが、その瞬間――


「まぁ!」


横から軽やかな声が入り込んできた。


「では、私が悪魔ということかしら?」


風姫が優雅に歩み寄り、アルグリットと雪乃の間にすっと割り込んできた。



---


2. 風姫の登場――策略の明かし


「風姫殿下……?」

アルグリットが少し驚いたように眉を上げる。


「どういうことでしょうか?」


風姫は微笑を浮かべたまま、扇を軽く広げながら言った。


「政略結婚を嫌う壱姫女王陛下を丸め込み、今回の政略結婚を提言したのは、実は私なのです。」


「……あなたが?」


アルグリットは、意外そうに目を見開いた。

だが、その瞳の奥に、ほんのわずかに好奇心の光が宿るのを雪乃は見逃さなかった。


風姫は優雅に一礼しながら、さらりと続ける。


「ええ。ですが、誤解しないでくださいませ。」


「私は、ただ雪姉様に幸せになってほしかっただけですわ。」


アルグリットは、その言葉を噛み締めるようにゆっくりと頷く。


「……なるほど。」


そして、冗談めかした口調で言った。


「ならば、あなたは私にとって天使ということになりますね。」


「まあ、お上手ですこと。」


風姫は涼しげに笑いながら、扇で口元を隠す。


「ですが、そういうことは、雪姉様に直接おっしゃられた方がよろしいのでは?」


雪乃は、突然話を振られてドキッとした。


「えっ……?」


「ふふ、私はあくまで“お膳立て”をしただけですから。」

風姫はくるりと身を翻し、にっこりと微笑む。


「後はお二人でゆっくりどうぞ。」


そう言い残し、彼女は軽やかにその場を後にした。



---


3. 本当の気持ち


風姫が去った後、雪乃とアルグリットは再び二人きりになった。

だが、先ほどまでと違い、互いに意識してしまう空気が漂っていた。


「……風姫殿下は、なかなか策士ですね。」


アルグリットが苦笑交じりに言う。


「……ええ、本当に。」


雪乃も思わず苦笑する。


それから、ふと雪乃はアルグリットの顔を見上げた。


「本当に、これでいいのですか?」


「……」


アルグリットは、しばし沈黙した。

だが、次の瞬間、彼は静かに微笑んだ。


「私は、あなたがいてくれるなら、それでいい。」


雪乃の心臓が、強く跳ねた。


「……あなたは、ずるいですね。」


「かもしれません。」


彼の穏やかな声に、雪乃の迷いは少しずつ薄らいでいった。


――この婚約は、たしかに"政略"という形を借りたものだった。

だが、そこには確かに二人の意思が存在している。


それが、ほんのわずかでも、雪乃の心を軽くさせた。



---


4. 壱姫女王の評価


その夜、壱姫女王のもとに戻った雪乃は、彼女の前に静かに座った。


「……婚約、正式に進めても良さそうか?」


壱姫が尋ねる。


「……はい。」


雪乃は、小さく頷いた。


「そっか。」


壱姫は、それ以上は何も言わなかった。


しかし、彼女の表情には安心したような、どこか嬉しそうな色が浮かんでいた。


それを見て、雪乃はようやく心の整理がついた気がした。


――これで、いいのだ。


婚約の調印式は、明日行われる。


こうして、雪乃の未来は、新たな一歩を踏み出そうとしていた。





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