南蛮帝国王宮――。
ジパング王国からの使節団が、正式な婚約のために南蛮帝国を訪れた。
その中心にいるのは、壱姫女王、そして雪乃。
今回は正式な随員として、風姫、月、そして花も同行していた。
雪乃にとっては、再びこの地を訪れること自体に、ある種の緊張があった。
だが、それ以上に――
**「これで本当に良いのか」**という迷いが、胸の内に渦巻いていた。
そして、正式な調印の前に開かれた盛大な歓迎式典の中、
彼女はとうとう、南蛮帝国皇帝・アルグリット四世と再び言葉を交わす機会を得た。
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1. 歓迎式典での対話
煌びやかな宮殿の大広間。
重厚なシャンデリアが輝き、豪華な料理が並ぶ中、
アルグリットと雪乃は、しばし二人で話す機会を得た。
周囲の視線を意識しながらも、雪乃は小さく息を吐き、静かに問いかける。
「……本当に、こんな形でよいのでしょうか?」
彼女の声音には、どこか不安が滲んでいた。
政略の名を借りた婚約――
自分の気持ちは確かにある。
しかし、相手の気持ちはどうなのか、それを確かめずにはいられなかった。
アルグリットは、しばし雪乃を見つめた後、ゆっくりと微笑んだ。
「私は、どんな形でもあなたとともにあれるならば、それで良いと思っています。」
彼の目は、冗談ではなく真剣な色を帯びていた。
「たとえ、悪魔の誘惑だったとしても……私は、喜んで乗っていたかもしれません。」
「……!」
雪乃の頬が、わずかに熱を帯びる。
だが、その瞬間――
「まぁ!」
横から軽やかな声が入り込んできた。
「では、私が悪魔ということかしら?」
風姫が優雅に歩み寄り、アルグリットと雪乃の間にすっと割り込んできた。
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2. 風姫の登場――策略の明かし
「風姫殿下……?」
アルグリットが少し驚いたように眉を上げる。
「どういうことでしょうか?」
風姫は微笑を浮かべたまま、扇を軽く広げながら言った。
「政略結婚を嫌う壱姫女王陛下を丸め込み、今回の政略結婚を提言したのは、実は私なのです。」
「……あなたが?」
アルグリットは、意外そうに目を見開いた。
だが、その瞳の奥に、ほんのわずかに好奇心の光が宿るのを雪乃は見逃さなかった。
風姫は優雅に一礼しながら、さらりと続ける。
「ええ。ですが、誤解しないでくださいませ。」
「私は、ただ雪姉様に幸せになってほしかっただけですわ。」
アルグリットは、その言葉を噛み締めるようにゆっくりと頷く。
「……なるほど。」
そして、冗談めかした口調で言った。
「ならば、あなたは私にとって天使ということになりますね。」
「まあ、お上手ですこと。」
風姫は涼しげに笑いながら、扇で口元を隠す。
「ですが、そういうことは、雪姉様に直接おっしゃられた方がよろしいのでは?」
雪乃は、突然話を振られてドキッとした。
「えっ……?」
「ふふ、私はあくまで“お膳立て”をしただけですから。」
風姫はくるりと身を翻し、にっこりと微笑む。
「後はお二人でゆっくりどうぞ。」
そう言い残し、彼女は軽やかにその場を後にした。
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3. 本当の気持ち
風姫が去った後、雪乃とアルグリットは再び二人きりになった。
だが、先ほどまでと違い、互いに意識してしまう空気が漂っていた。
「……風姫殿下は、なかなか策士ですね。」
アルグリットが苦笑交じりに言う。
「……ええ、本当に。」
雪乃も思わず苦笑する。
それから、ふと雪乃はアルグリットの顔を見上げた。
「本当に、これでいいのですか?」
「……」
アルグリットは、しばし沈黙した。
だが、次の瞬間、彼は静かに微笑んだ。
「私は、あなたがいてくれるなら、それでいい。」
雪乃の心臓が、強く跳ねた。
「……あなたは、ずるいですね。」
「かもしれません。」
彼の穏やかな声に、雪乃の迷いは少しずつ薄らいでいった。
――この婚約は、たしかに"政略"という形を借りたものだった。
だが、そこには確かに二人の意思が存在している。
それが、ほんのわずかでも、雪乃の心を軽くさせた。
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4. 壱姫女王の評価
その夜、壱姫女王のもとに戻った雪乃は、彼女の前に静かに座った。
「……婚約、正式に進めても良さそうか?」
壱姫が尋ねる。
「……はい。」
雪乃は、小さく頷いた。
「そっか。」
壱姫は、それ以上は何も言わなかった。
しかし、彼女の表情には安心したような、どこか嬉しそうな色が浮かんでいた。
それを見て、雪乃はようやく心の整理がついた気がした。
――これで、いいのだ。
婚約の調印式は、明日行われる。
こうして、雪乃の未来は、新たな一歩を踏み出そうとしていた。