翌日、忍はあっさりと「決まりました。レヴュー」と言ってきた。
「え……?」
思わず凛がぽかんと聞き返すと、
「レヴューショーです。本編のあと、休憩を挟んで二十分ほどのショーを追加します。曲は新曲になりました。衣装はデザイナーに新規発注済みです。それぞれのカラーを使ってもらうように指示しています」
「忍さん……! 流石すぎます…!!」
「支配人に伝えたら一瞬で決まりました。その場で演出家にも連絡してもらって」
できれば凛もその場に立ち合いたかったが、とりあえず今は仕方ない。
「今度はどんな商品を出すつもりか知りませんが、よろしくお願いしますよ」
忍にそう言われ、力いっぱい頷く。
意気揚々とデスクに向かう。
「よしっ」
凛は思わず拳を握った。レヴューでメンカラを纏ってくれるなら、作るものはひとつしかない。ペンライトである。
この世界にも懐中電灯は存在している。家庭用に、小型のものが作られており、どの家にも大体備えてあった。
それに劇場の案内係が使っている、小さなペンライトもある。それを応用して、何とか作れないだろうか。メンカラライトを。
「すみません、ちょっと出てきます」
忙しそうに書類に向かう忍にひとこと言い残し、凛は事務所を出た。
真っ直ぐに客席後方、照明スタッフの元へ向かう。そこでは、照明の操作をしている若い男性スタッフが、夜の公演に向けて機材のチェックをしていた。
確か、木崎さん、だったはず。劇場スタッフの名簿を頭の中で思い出して、作業が途切れた瞬間を狙って話しかけた。
「あの、お疲れさまです」
突然背後から話しかけたせいか、木崎はびくりと肩を震わせて振り返った。
「ああ、お嬢様。お疲れさまです」
「そのお嬢様っていうのはちょっと……凛って呼んでいただいた方が嬉しいんですが」
思わずそう言ってしまったが、木崎は苦笑いを浮かべている。
「いやいや、忍さんもそう呼んではるのに、僕なんかがお名前でお呼びするのは無理ですよって」
少しだけ、訛りのある言葉が返ってきた。
「木崎さんの言葉、柔らかくてほっとしますね」
「そうですか? こっちに出てきたときは、だいぶバカにされましたけんど」
そんなこと言われたの初めてです、と笑う木崎に、凛は微笑み返した。
「褒めてもらったのに申し訳ないんですが、妻もお嬢様って呼んでますから、つい習慣で。すんません」
「奥様ですか……?」
夫婦で働いているスタッフなんていただろうか、と首を傾げていると、
「妻はお屋敷で使用人をさせてもろてるんです。だから、お嬢様と呼ばせていただいておるようです」と続けた。
確かに、使用人たちは藤吉をご主人様、凛をお嬢様、と呼ぶから、それが木崎の家庭内でも浸透しているのかもしれない。
「そうだったんですね。全然知りませんでした。ご夫婦でありがとうございます」
「とんでもないです。夫婦とも良くしてもろて。しかしどうしたんですか、珍しいですね。客席に来はるなんて」
「その、実はお願いがあって……」
凛はそう言うと、握っていた小型の懐中電灯を見せた。事務所においてあったものだ。
「このライトを、いろんな色に変えたいんだけど、セロファンを貰えないかと思って」
「いろんな色……?」
「そう。紫とか緑とかピンクとか……」
「ああ、役者の皆さんの色に光らせたいってことですか」
木崎はピンときたのか、足元のケースをごそごそと漁り始めた。その様子に、話が早くて助かる、と凛はほっと息をついた。
それに技術のスタッフにまで、メンカラ――言葉はともかく――が浸透していることがわかって、顔がにやけるのを止められない。
「それぞれの色がありますけど……何枚か重ねないと、薄いかもしれないですね。あ。ちょっと場内暗くなりまーす」
誰もいないように見えたが、念の為木崎はそう声を張り上げてから、手元のスイッチで客席内と舞台上の電気を消した。
真っ暗闇になったところで、木崎は懐中電灯の電源を入れる。そして手にした紫のセロファンを、懐中電灯のライト部分に重ねた。
ぼわんと浮き上がった白い光が、ほんのり淡い桃色に変わる。
「やっぱり紫には見えないですねえ」
「確かに、ピンクに近いかも」
木崎はふむ、と言って同じ紫のセロファンをもう一枚重ねた。すると色がぐっと濃くなって、だいぶ紫に近づく。
「これ……か、もう一枚重ねると、こんな感じですね」
さらにもう一枚重ねると、明らかに赤みが薄まり、すみれのような紫になった。
「あ。いい感じ」
「じゃあやっぱり三枚ですかね」
その調子で、緑、ピンク、水色、黒と五人分のセロファンを試した。
ピンクと水色は薄い分、一枚のセロファンで綺麗に色が出た。問題は黒だ。黒く光はするものの、暗闇の中で振ってもほとんど目立たない。
「うーん、これじゃあ昴くん可哀想かなあ」
「明るい舞台上から見れば、黒でもわかるような気はしますけんど…」
振っている客があまり楽しめないかもしれない。黒がメンカラの場合、代わりに白を振っていた気がする。申し訳ないが、白を用意することにして、劇団カラーの青も作った。
「このセロファン、もらってもいい?」
「もちろんですよって。使ってください」
「ありがとう。助かります」
木崎から受け取ったセロファンを手に、事務所に戻った凛は、一枚一枚ライトの大きさに合わせてカットして、テープで貼り付けた。
一応これでメンカラライトは完成した、が。
「これを商品化できるかなあ……」
手作業でひとつひとつ作っていくには、膨大な時間がかかる。また厄介なことを考えたな、と言われそうな予感を抱き、凛は苦笑いを浮かべた。