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第二章③

 翌日、忍はあっさりと「決まりました。レヴュー」と言ってきた。


「え……?」


 思わず凛がぽかんと聞き返すと、


「レヴューショーです。本編のあと、休憩を挟んで二十分ほどのショーを追加します。曲は新曲になりました。衣装はデザイナーに新規発注済みです。それぞれのカラーを使ってもらうように指示しています」


「忍さん……! 流石すぎます…!!」

「支配人に伝えたら一瞬で決まりました。その場で演出家にも連絡してもらって」


 できれば凛もその場に立ち合いたかったが、とりあえず今は仕方ない。


「今度はどんな商品を出すつもりか知りませんが、よろしくお願いしますよ」


 忍にそう言われ、力いっぱい頷く。

 意気揚々とデスクに向かう。


「よしっ」


 凛は思わず拳を握った。レヴューでメンカラを纏ってくれるなら、作るものはひとつしかない。ペンライトである。


 この世界にも懐中電灯は存在している。家庭用に、小型のものが作られており、どの家にも大体備えてあった。

 それに劇場の案内係が使っている、小さなペンライトもある。それを応用して、何とか作れないだろうか。メンカラライトを。


「すみません、ちょっと出てきます」


 忙しそうに書類に向かう忍にひとこと言い残し、凛は事務所を出た。

 真っ直ぐに客席後方、照明スタッフの元へ向かう。そこでは、照明の操作をしている若い男性スタッフが、夜の公演に向けて機材のチェックをしていた。


 確か、木崎さん、だったはず。劇場スタッフの名簿を頭の中で思い出して、作業が途切れた瞬間を狙って話しかけた。


「あの、お疲れさまです」


 突然背後から話しかけたせいか、木崎はびくりと肩を震わせて振り返った。


「ああ、お嬢様。お疲れさまです」

「そのお嬢様っていうのはちょっと……凛って呼んでいただいた方が嬉しいんですが」


 思わずそう言ってしまったが、木崎は苦笑いを浮かべている。


「いやいや、忍さんもそう呼んではるのに、僕なんかがお名前でお呼びするのは無理ですよって」


 少しだけ、訛りのある言葉が返ってきた。


「木崎さんの言葉、柔らかくてほっとしますね」

「そうですか? こっちに出てきたときは、だいぶバカにされましたけんど」


 そんなこと言われたの初めてです、と笑う木崎に、凛は微笑み返した。


「褒めてもらったのに申し訳ないんですが、妻もお嬢様って呼んでますから、つい習慣で。すんません」

「奥様ですか……?」


 夫婦で働いているスタッフなんていただろうか、と首を傾げていると、


「妻はお屋敷で使用人をさせてもろてるんです。だから、お嬢様と呼ばせていただいておるようです」と続けた。


 確かに、使用人たちは藤吉をご主人様、凛をお嬢様、と呼ぶから、それが木崎の家庭内でも浸透しているのかもしれない。


「そうだったんですね。全然知りませんでした。ご夫婦でありがとうございます」

「とんでもないです。夫婦とも良くしてもろて。しかしどうしたんですか、珍しいですね。客席に来はるなんて」

「その、実はお願いがあって……」


 凛はそう言うと、握っていた小型の懐中電灯を見せた。事務所においてあったものだ。


「このライトを、いろんな色に変えたいんだけど、セロファンを貰えないかと思って」

「いろんな色……?」

「そう。紫とか緑とかピンクとか……」

「ああ、役者の皆さんの色に光らせたいってことですか」


 木崎はピンときたのか、足元のケースをごそごそと漁り始めた。その様子に、話が早くて助かる、と凛はほっと息をついた。

 それに技術のスタッフにまで、メンカラ――言葉はともかく――が浸透していることがわかって、顔がにやけるのを止められない。


「それぞれの色がありますけど……何枚か重ねないと、薄いかもしれないですね。あ。ちょっと場内暗くなりまーす」


 誰もいないように見えたが、念の為木崎はそう声を張り上げてから、手元のスイッチで客席内と舞台上の電気を消した。

 真っ暗闇になったところで、木崎は懐中電灯の電源を入れる。そして手にした紫のセロファンを、懐中電灯のライト部分に重ねた。

 ぼわんと浮き上がった白い光が、ほんのり淡い桃色に変わる。


「やっぱり紫には見えないですねえ」

「確かに、ピンクに近いかも」


 木崎はふむ、と言って同じ紫のセロファンをもう一枚重ねた。すると色がぐっと濃くなって、だいぶ紫に近づく。


「これ……か、もう一枚重ねると、こんな感じですね」


 さらにもう一枚重ねると、明らかに赤みが薄まり、すみれのような紫になった。


「あ。いい感じ」

「じゃあやっぱり三枚ですかね」


 その調子で、緑、ピンク、水色、黒と五人分のセロファンを試した。

 ピンクと水色は薄い分、一枚のセロファンで綺麗に色が出た。問題は黒だ。黒く光はするものの、暗闇の中で振ってもほとんど目立たない。


「うーん、これじゃあ昴くん可哀想かなあ」

「明るい舞台上から見れば、黒でもわかるような気はしますけんど…」


 振っている客があまり楽しめないかもしれない。黒がメンカラの場合、代わりに白を振っていた気がする。申し訳ないが、白を用意することにして、劇団カラーの青も作った。


「このセロファン、もらってもいい?」

「もちろんですよって。使ってください」

「ありがとう。助かります」


 木崎から受け取ったセロファンを手に、事務所に戻った凛は、一枚一枚ライトの大きさに合わせてカットして、テープで貼り付けた。

 一応これでメンカラライトは完成した、が。


「これを商品化できるかなあ……」


 手作業でひとつひとつ作っていくには、膨大な時間がかかる。また厄介なことを考えたな、と言われそうな予感を抱き、凛は苦笑いを浮かべた。

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