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第二章⑤

 翌日、凛は藤吉と忍に時間を貰って、次回公演のレヴューに合わせて売り出したいグッズについて説明をしていた。


 団扇ならぬ扇に、タオルならぬ手拭い、そしてペンライト。

 すべてメンバーカラーの五色と劇団色を加えた全六色のラインナップだ。

 扇と手拭いに関しては、すぐに問屋に連絡を取って、試供品を作ってもらうことになった。

 問題はやはりペンライトだった。


「発想は面白いと思いますが……」

「これを作れる店を探すのが大変じゃの」


 藤吉は、面白そうにペンライトのスイッチのオンオフを触っている。


「光の色を変えるんじゃなくて、本体にそれぞれの色を付けるんじゃダメなんですか」

「それじゃ意味がないんです! 自分の推しの色を持てるからいいんですよ。だって推しが歌っている時、推しのカラーで会場を埋め尽くしたいじゃないですか……!」


 バンっとテーブルを叩きながら立ち上がった凛は、ふと気づいた。


 この世界で色を変化させるライトを作ることは難しいと思っていたが、逆にセロファンを入れ替えることで、曲によって違う色に光らせることはできないだろうか。

 セロファンをキャップ状にして、それを付け替えていく、という仕様にしたら……。

 いきなり黙り込んだ凛を前に、藤吉と忍は顔を見合わせた。自分の世界に入っていく凛を見て、藤吉は「そうじゃ」と声を上げた。


「こう言う時は、よろず屋に頼むとしよう」

「よろず屋……?」


 我に返った凛が聞き返すと、「舞台上のしかけを作ってくれる会社の方です。手品みたいに変化する小道具とか、舞台上の早替えの細工だとかを考えてくれるんです」


 と忍が説明してくれる。


「しかし、大量生産は難しいのでは?」

「よろず屋が懇意にしてる工場があるじゃろ。そこに作って貰えば良い。それより凛、元は取れるんだろうな?」


 藤吉にずばり聞かれて、凛はじっとその顔を見据えた。藤吉の鋭い眼差しは、やり手の経営者のそれだった。


「もちろんです。何ならこれから先もずっと売り続けられます」

「……わかった、じゃあこれは進める」


 藤吉の判断に、よしっと凛は内心でガッツポーズを決めた。

 あとはレヴューで盛り上がる曲が生まれることを祈るばかりだ。




 お披露目公演が無事に大千穐楽を迎え、しばらく公演はなくなり、稽古と準備だけの日々がやってきた。

 凛は女学校が休みの間は変わらず劇場事務所に出勤して、販売予定のグッズの企画書を書いたり、届いたサンプルの確認や調整をして過ごした。


 はっきりいって、前世の会社員生活と、やっていることは大差ない。それでもこちらでは、忍と藤吉の許可さえ出ればすぐに動けるので、むしろ楽だった。無駄に参加者の多い会議も、半分寝ているくせに頭の固い社員へのプレゼンも必要ない。

 その分、二人のチェックは厳しいものではあったが、自分の考えたものが、横槍を入れられず軌道に乗せられる仕事は、やりがいがあった。


 そのうちグッズの進捗については、忍からとやかく言われることもなくほとんど任されるようになった。

 ただ、製作数や予算案を試算するときだけは、やたらと不便だ。パソコンが存在しないので、紙にひたすら表を手書きするしかない。電卓が存在していることだけが救いだった。


 貸し館として他の団体が劇場を利用している間は、別の担当社員が対応しているので、公演が行われていても遅くまで残っている必要はない。

 忍はたまに稽古場に顔を出しているようだったが、残念ながら凛はまだ同行させてもらえていなかった。仕方ないので早めに家に帰り、藤吉に断って資料室に入り浸っていた。


 洋館の一階の奥、日の当たらないその部屋は、昼であっても薄暗い。

 凛が訪れるのは夜だから、余計にじめじめしていた。とはいえ、紙がかびないように、湿度管理は徹底しているのだと使用人長が自慢げに説明してくれた。


 その部屋は、天井まで続く大きな書棚が何台も置かれていて、さながら図書館の一室のようだった。

 これまでの公演のパンフレット、台本、写真資料などの他に、上演を検討するために国内外から取り寄せられた戯曲本が収められていた。


 凛はまず、劇団の歴史から遡っていくことにした。今の新・帝国劇場がオープンして今年で二十周年。その前の旧帝國劇場には八十年以上の歴史があるらしい。ただ大きな地震があり、劇場やこの家にもだいぶ被害があったようだ。残っている資料にはだいぶ偏りがあった。


 公演プログラムは比較的綺麗に残されていた。古そうなものを一冊手に取ってみる。表紙は黒く煤けていて、中を開くと一部の頁が損傷していた。


 ぱらぱらと捲ると、公演の様子が写真で掲載されていた。劇団の歴史を紹介する頁らしい。白黒ではあったが、大きな羽を背負った男性が長い足を上げて踊っている場面などが収められている。当時のトップスターなのだろうか、黒い燕尾服を着た彫りの深い顔立ちの男性が載っている。


 星屑歌劇団と新・旧含めて帝國劇場をここまで大きくしたのは藤吉の力だと聞いていた。藤吉の父親が、劇団と劇場を譲り受け経営に乗り出したらしいが、当時はそこまで上手くいっていなかったと聞いた。

 最初は子ども劇場のような、学校や地域にお芝居を見せにいく出張公演で金銭を稼いでいたのだと、忍から仕事の合間に聞かされていた。


 それを今のような商業演劇に押し上げたのが、藤吉なのだ、と。

 凛が生まれて――ましてや転生してきた時には、すでに今の劇団の形になっていたから、祖父の苦労はなかなか想像がつかない。


 プログラムを捲ると、また違うトップスターの写真が載っていた。礼央はどうやら五代目らしい。


「悔しいけど、今までで一番かっこいいんだよなあ」


 凛はそう呟いていた。もちろん、顔つきが好みだという贔屓目はあるにしろ、立ち姿や足のあげ方ステッキの構え方、ハットの持ち方……その全てにおいて、天音礼央には華があった。

 本当に納得いかないけど、と肩を竦め、プログラムを書架に戻す。他にも過去のショーに関する写真を見ておきたかった。

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