強烈な吐き気と目まいを感じて、ユーナは中庭にうずくまった。
(馬車の中で見た夢。あれはやっぱり、私の前世だ……)
ユーナの直感は、いよいよ確信に変わる。
この世界には、「お風呂」がない……
(異臭に満ちた王宮で、パーティーなんかに出てる場合じゃない……)
白い湯気の幻を、再びユーナは見た。湯気の向こうで浴衣姿の湯鳥野柚菜が、五角形の大きな板を、ドヤ顔で掲げる姿が見える。
(……ああ、私知ってる。あの将棋の駒みたいな板は、下呂温泉の「湯めぐり温泉手形」だ……下呂の入浴施設を、お得な値段で3か所回れるクーポンだ……)
ユーナは、即座に思い出した。
前世で積み上げた、お風呂にまつわる莫大なオタク知識と思い出が、ユーナの脳内へ一気に流れ込んでいた。
(そうだ。私はこの世界に来る前は、三度の飯よりお風呂が好きな、温泉マニアだったんだ……)
まだ見ぬ秘湯を探し求め、異世界へ迷い込んだ。そして気が付けば、男爵令嬢ユーナ・ユトリノになっていた。
でも、この異世界には、お風呂がない。人々に、入浴の習慣がない。だから、こんなに臭いのだ。
(今すぐ、家に帰ろう……自分で浴槽を作ってでも、お風呂には、毎日入らなくっちゃ!)
ユーナが立ち上がろうとした瞬間、彼女の背後から、若い男性の声が聞こえた。
「気分が……悪いの?」
振り向いたユーナの視線の先に、
ヴァン・ダイノンではない。
むしろ、少年と言って良いくらい幼い。
「バラ……?」
ユーナは、思わず声に出してつぶやいた。その男性は、なぜか全く悪臭を漂わせておらず、ただ、バラの花の自然な香りだけを身にまとっていたからである。
体臭も、強すぎる香水のアルコール臭もしなかったので、ユーナは警戒心を少し緩め、彼の質問に答えた。
「えっと……少し休めば、大丈夫です」
「そうか。こういうパーティーは、苦手? 僕も、人混みが嫌いなんだよね」
そう言いながら、黄金色の髪をかき上げる少年の整った顔立ちには、優しい微笑が浮かんでいた。ユーナは少し顔を赤らめ、照れ笑いを返した。
その時、一陣の突風が中庭を吹き抜けた。まるで獣のような臭いが、風に乗ってユーナの鼻先をくすぐる。
「あれ? 何、この匂い……」
ユーナは考えた。あの男の子は、とてもいい香りなのに……この悪臭は、一体誰の匂いだろう?
(あっ、そうか……これは風で吹き上げられた、私自身の体・臭……)
あまりの臭さにユーナの胃液は激しく逆流し、思わず口からゲロを吐いてしまった。
ユーナの吐いたものは、少年の靴にビシャリとかかった。靴には金の糸で刺しゅうされた、王家の紋章が輝いている。
「うわっ、何をするんだ!」
彼の怒声を受け、ユーナはハッと顔を上げた。鋭い目つきでユーナを睨んでいるのは、今夜のパーティーの主役、ユート王子だった。子供かと思いきや、まさかの年上……いや、今そんなことを気にしている場合ではない。
「あっ、あっ……! ごめん……ごめんあそばせ!」
王子様の靴を汚してパニックとなったユーナは、無我夢中で謝りながら、ダッシュで逃げ出した。
「……ずいぶんと、めちゃくちゃなことをやってくれたな? だが……もしかしたらあの女は、何か気づいているのか……?」
ユート王子は、スカートの