馬車が男爵家の
帰宅したユーナが階段の上をふと見ると、踊り場からエリザベスが見下ろしていた。
ユーナは苦笑いして、エリザベスに小さく手を振る。だが、エリザベスの反応は冷たかった。
「お姉様、『敵前逃亡』は重罪ってご存じかしら?」
ユーナへの失望もあらわに、エリザベスは厳しい言葉を浴びせる。
「お父様の話を聞いてなかったんですの? パーティーは戦場ですのよ!」
そして小さく溜め息をつくと、クルリと回れ右をして自分の部屋へ戻っていった。
ヴァン・ダイノンは、執事のブランメールにそっと耳打ちする。
「ユーナお嬢様は、体調不良ということにしておいてくれ。後をよろしく頼む」
ブランメールはうなずき、使用人たちに指示を出した。
「ユーナお嬢様は体調を崩され、予定を切り上げて戻られた。リンは、お着替えの手伝いとベッドの準備を。残りのメイドは、お嬢様に軽いお食事をご用意して部屋まで運ぶように。ライアンは借りた馬車の返却を」
ユーナは、専属メイドのリンを従えて、自室に戻った。水で口をすすぎ、リンの介助つきで服を着替える。
「お嬢様、今日はいろいろ大変だったのですね……」
小柄なリンは、長い髪の間から上目遣いで、心配そうにユーナへ声をかけた。王宮の中で何が起きたのかは知る由もなかったが、ただごとではない空気を、リンも敏感に感じ取っていた。
「うん、そーなのよ! 本当に何もかもありえないのよ!そこでなんだけど、リン、ちょっと協力してくれない? ちゃんと
ユーナは、その
「きょ、協力ですか? 私はお嬢様にお
落ち込んでいるのかと思いきや、予想外にハイテンションな令嬢の姿に、戸惑いながらリンは答えた。
他のメイドたちが、冷めた
「ありがとう。パーティー料理を食べ損ねてきたから」
貴族の夕食としては簡素に過ぎる食事だが、ユーナは不平を口にせず、黙々と平らげた。
「……それで一体、何をなさるおつもりなんです?」
メイドたちが食器を片付けて退出した後、リンは恐る恐る、ユーナに尋ねた。ユーナは、おもむろに椅子から立ち上がり、微笑みながらリンに顔を近付ける。
「リン、お風呂を作るわよ!」
ユーナは鼻息荒く拳を突き上げて、高らかに宣言した。