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第二湯 異世界はゲロの香り(後編)

 馬車が男爵家の王都屋敷タウンハウスへ着くと、使用人たちは、予定外の令嬢の帰還に、あわてて出迎えの準備をした。


 帰宅したユーナが階段の上をふと見ると、踊り場からエリザベスが見下ろしていた。


 ユーナは苦笑いして、エリザベスに小さく手を振る。だが、エリザベスの反応は冷たかった。


「お姉様、『敵前逃亡』は重罪ってご存じかしら?」


 ユーナへの失望もあらわに、エリザベスは厳しい言葉を浴びせる。


「お父様の話を聞いてなかったんですの? パーティーは戦場ですのよ!」


 そして小さく溜め息をつくと、クルリと回れ右をして自分の部屋へ戻っていった。


 ヴァン・ダイノンは、執事のブランメールにそっと耳打ちする。


「ユーナお嬢様は、体調不良ということにしておいてくれ。後をよろしく頼む」


 ブランメールはうなずき、使用人たちに指示を出した。


「ユーナお嬢様は体調を崩され、予定を切り上げて戻られた。リンは、お着替えの手伝いとベッドの準備を。残りのメイドは、お嬢様に軽いお食事をご用意して部屋まで運ぶように。ライアンは借りた馬車の返却を」


 ユーナは、専属メイドのリンを従えて、自室に戻った。水で口をすすぎ、リンの介助つきで服を着替える。


「お嬢様、今日はいろいろ大変だったのですね……」


 小柄なリンは、長い髪の間から上目遣いで、心配そうにユーナへ声をかけた。王宮の中で何が起きたのかは知る由もなかったが、ただごとではない空気を、リンも敏感に感じ取っていた。


「うん、そーなのよ! 本当に何もかもありえないのよ!そこでなんだけど、リン、ちょっと協力してくれない? ちゃんと報酬ほうしゅうは払うから!」


 ユーナは、その無垢むく琥珀こはく色の目を大きく見開きながら、リンの両手をギュッと握った。


「きょ、協力ですか? 私はお嬢様におつかえする身ですから、もちろん何なりと……。」


 落ち込んでいるのかと思いきや、予想外にハイテンションな令嬢の姿に、戸惑いながらリンは答えた。


 他のメイドたちが、冷めたあぶり肉入りのスープとパン、そしてチーズを振りかけたサラダを部屋に持ってきた。オリーブ油と塩のビンが、横に添えられている。


「ありがとう。パーティー料理を食べ損ねてきたから」


 貴族の夕食としては簡素に過ぎる食事だが、ユーナは不平を口にせず、黙々と平らげた。


「……それで一体、何をなさるおつもりなんです?」


 メイドたちが食器を片付けて退出した後、リンは恐る恐る、ユーナに尋ねた。ユーナは、おもむろに椅子から立ち上がり、微笑みながらリンに顔を近付ける。


「リン、お風呂を作るわよ!」


 ユーナは鼻息荒く拳を突き上げて、高らかに宣言した。

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