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第三湯 お風呂を作るわよ!(前編)

「リン、お風呂を作るわよ!」


 ユーナが口走った聞き慣れない単語に、リンはますます困惑する。


「お、『お風呂』ですか? それはどんな物なんですか?」


「口で説明するより実際に見た方が早いけど……まず、お湯を二百リットル沸かして、部屋まで持って来れる?」


「少なくとも今日は無理ですよ。かまどの火を、とっくに落としてしまいましたから」


「ダメかあ。じゃあ、今日は行水ぎょうずいで我慢するかな。いくつか質問させて。洗濯って、いつもどうやってるの?」


「木の洗濯おけで洗ってます」


「オッケー。私たちが毎日何回も着替えるから、洗濯物の量、すごいでしょ? 洗濯桶の大きさはどれくらい?」


「お嬢様のベッドの半分もないくらいです。深さは三十センチほどでしょうか」


「いいねー。洗濯用の洗剤は?」


「『洗剤』とは?」


「手で洗っても落ちない汚れをどうやって落とすのか、ってことよ。石鹸せっけんとか使うの?」


「暖炉とか、かまどの灰を水にけておいて、その上澄み液で洗うと、汚れが落ちるんです」


「あー、灰汁あくね。それを使ってるのね」


 木やわらを燃やした灰を水にひたして上澄みをすくった液を、灰汁という。炭酸カリウムを主成分とするアルカリ液である。前世の世界でも、石鹸が普及する以前は、体や衣服を清めるのに灰汁が使われていた。


 そのうち、灰汁から石鹸も作るか……ユーナは頭の中で、今後の野望に思いをせた。


「それじゃあ今から、私を洗濯小屋に連れてって。他の使用人には内緒よ」


「ええっ!」


 ユーナの気迫に押されて、リンは協力を承諾した。


 部屋のドアを半開きにしてチョコンと頭を出し、リンは左右を見回す。


「お嬢様、今なら廊下に誰もおりません。急ぎましょう」


 リンの後に続いて、ユーナは部屋から這い出した。二人は、音を立てないようソロリソロリと階段を降りて行く。


 洗濯小屋に着くと、ユーナは室内を物色し始めた。


「これが洗濯桶で、これが灰汁ね。小屋の中に洗濯専用の井戸が掘ってあるんだ。さすが我が男爵家、悪くないじゃない」


 ユーナはリンの方へ向き直った。


「今から、この洗濯桶を軽く洗って、それから水を張るから。リンも手伝って」


「そんな……お嬢様に洗濯なんかさせられません。私が叱られてしまいます」


「いや、服を洗うんじゃないのよ」


 ユーナは手押しポンプのレバーを両手で握ると、両足を踏ん張って猛然と上下運動を始めた。


「おりゃーっ!」


 吐水口とすいこうから勢いよく水が出始める。リンが慌ててバケツで水を受け、いっぱいになると洗濯桶へ運んだ。十分ほどで桶の三分の二くらいまで水が貯まる。


「ざっと百リットルってところかな。これは重労働ね」


 ユーナは慣れない作業に息を切らして、地面にへたりこんだ。


「お嬢様、大丈夫ですか?」

「うん。ちょうどいい運動になって、体も温まったよ。それじゃあ、入りますか!」


 ユーナは部屋着を脱ぎ捨て、一瞬で全裸になった。

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