優雅なる男爵令嬢ユーナ・ユトリノは、その日、汗にまみれて馬小屋で働いた。ひとくちに馬の世話と言っても、様々な仕事がある。フワン爺さんは、その中でも掃除と馬体の手入れが何より大事だと
「馬は汚い所にいると、すぐに調子がおかしくなっちまうんですよ」
わかるー。お風呂のない所にいる私も、頭がおかしくなっちまいそうだもんね。ユーナは心の中で思った。
馬小屋の掃除は、最も体力を使う。長い
「あれ?私ってこんなに腕力あったっけ?」
かなり重たいはずの敷きわらの山を、ユーナは軽々と持ち上げ、あっという間にポイポイと積み上げることができた。
水の入った桶を台車に満載して運んでいたリンが足を止め、拍手しながらユーナをたたえる。
「さすがお嬢様!」
体力不足に悩んだ騎士学校時代が、ウソのようだ。体の動きが、格段に軽快になっている。
十六歳という成長期。わずかな間に、体力が自然に向上したのか。それともやはり水風呂とはいえ、昨晩入浴して垢を落とせたから、テンションがアガってるんだろうか。
うん、きっと後者だ。垢は、いわば私の真の実力を
馬体の手入れは、ユーナも騎士学校で少し経験があった。さっそく作業に取り掛かろうとしたが、馬が動き回って、じっとしてくれない。フワン爺さんが、すかさず問題点を指摘した。
「今、いきなり馬に触ろうとしてましたな? 危ないですぞ。まず、馬の斜め前から声をかけて、
「馬が、
「しますとも。お嬢様だって、知らんやつがいきなり後ろから髪に触ったら、この野郎! って思うでしょうに。」
フワン爺さんの教えに従って、ユーナは優しく馬に話しかけてみた。
「ごめんね。今から体をお手入れさせてね」
馬はたちまち動きを止め、おとなしくなった。
「馬の気持ちが、ようやくお分かりですかな? その調子です、お嬢様。」
水で洗い、水切り道具ですばやく水分を落として、布で拭く。
たてがみを
「この世界なら、人間より馬に生まれたかったかなあ」
馬は自由気ままに裸で過ごしても叱られないし、お風呂だって入れてもらえるらしい。
馬たちの手入れが終わると、フワン爺さんはユーナを自室のテーブルに招いて、冷たい飲み物を出してくれた。牧草場に自生する香草を煮出した、一種のハーブティーのようだった。
「どうぞおかけ下さい。お口に合いますかどうか」
「ありがとう。とてもおいしい」
喉が渇いていたユーナは、あっという間に飲み干した。そして、核心に迫る質問をフワンに投げかけた。
「ところで、フワンさん。馬が湯に入って健康で美しくなるなら、人間もそうなる、って思いません? それを『お風呂』って言うんですけど。ご自分で湯に入られたことは?」