「この飼い葉桶に、湯を張って入るんですね!」
リンが声を
「ここはフワンさんのお部屋よ。湯がザバーッとあふれて、床が洪水になったら大変じゃない? それよりリン、餌用の牧草が置いてあった場所を教えて」
「えっ、肩まで温まるんじゃなかったんですか?」
戸惑いながら、リンはユーナを案内した。
「こちらです」
牧草をカラカラに乾燥させた土色の干し草と、まだ緑色が残っている生乾きの干し草が、馬小屋の一角に置かれた木箱にそれぞれ積み上げられていた。
干し草の山を見るやいなや、ユーナはいきなり、土色の干し草のほうへ飛びかかって、顔からダイブした。
「そーれっ!」
「ちょっ、お嬢様⁉ 何やってるんですか」
「アルプスの少女ハイジごっこ。1回やってみたかったのよねー」
「誰ですかハイジって」
「誰でもない。忘れて。完全に乾いてるほうの草は、けっこう肌がチクチクするのね。じゃあ、やっぱり使うのはこっちかなあ」
ユーナは起き上がると、緑色が残っている山の下の方から干し草を抜き取って、両手いっぱいに抱えながら、スンと胸いっぱいに香りを吸い込んだ。
「いい
飼い葉桶へ満杯に干し草を詰めると、ユーナは水と熱湯を交互に注いで、湯温を調整しながら干し草を湯にひたし始めた。
「さあ、リンも協力して。これを足で踏みましょう」
ユーナは服を脱いだ。そして足をきれいに拭くと、飼い葉桶の中に立って、その場で足踏みを始めた。リンもユーナに従って、同じようにする。
「あの、これって服を脱ぐ意味は……?」
「踏んでる間、体を拭こうと思っただけ。まだ
ユーナは、湯に濡らしたタオルで全身の汗と汚れを拭き取りながら、リンにもタオルを渡した。
「どうせまた、汗はかくから」
ユーナは無意識に、ある曲を口ずさんでいた。それば、前世で覚えた『ラジオ体操第三』のメロディーだった。
「♪チャッチャラッチャチャーチャ、チャッチャラッチャチャーチャ」
両腕を元気良く前後に振りながら、ユーナは干し草の上で、『ラジオ体操第三』特有の足踏み運動を延々と続けた。リンは、聞き慣れない曲に合わせて必死に足を動かしながら、これは一体いつになったら終わるのだろうと、だんだん不安になってきた。
干し草にかけた湯も、すっかり
「そろそろね」
ユーナは飼い葉桶から出て足を拭き、ベッドのほうへ行くと、マットレスの片側をヒョイと持ち上げた。
「リン、そっち持って」
「あっ……はい、お嬢様。いま参ります」
二人でマットレスをベッドからどかし、壁際に置いた。ユーナは、空いた木のベッドの上へと、飼い葉桶の中の干し草を敷き詰め始めた。湿った干し草から、ほんのりと白い湯気が上がっていた。
「よし、成功ね!それじゃリン、ここに
「えーっ⁉」
ユーナの
「お嬢様、これは……⁉」
「これは『干し草風呂』よ。発酵熱で温かくなった干し草に、体を埋めるの」
ユーナはドヤ顔で、リンの胸の上に温かい干し草のかたまりをドサッと乗せた。