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第七湯 ふたりだけの秘密(前編)

 日がすっかり暮れてから、ユーナとリンは馬小屋を後にした。お互いに時間差を少し空け、バラバラで屋敷へ戻ることにする。


 ユーナが屋敷に戻ると、リンの代わりに今日、ユーナの世話を担当させられているソフィーが出迎えた。


「ユーナお嬢様、どこに行ってらしてたんですか? 早くお着替えを」


「ちょっと、庭を散歩してただけよ」


 ユーナは、ソフィーと一緒に自室へ向かった。本来はクレア夫人の専属メイドであるソフィーは、忙しそうにしながら、雑な手つきでユーナの汚れた服を脱がせた。


 着替えの間、ソフィーはずっと眉間にしわを寄せ、ユーナの体を上から下へ見回していた。


「終わりました。夕食ができております。お早くお願いします」


 ソフィーに急かされて、ユーナはダイニングルームへと降りていった。ソフィーは、ユーナから漂う干し草の匂いに気づいたのか、あからさまにクンクンと鼻を鳴らす。ユーナは、さすがに不快になった。


 ソフィーは、ユーナがダイニングルームへ入るのを見届けると、首をかしげながら、台所のほうへ歩いて行った。


「ソフィーったら、なんであんなにイライラしてるんだろう」


 ユーナも首をかしげ、ソフィーの態度を不審に思う。


 ダイニングルームでは、エリザベスが一人で、先に座って待っていた。今夜の男爵夫妻は、観劇会へお出かけだ。これは男爵家の王都屋敷タウンハウスでは、いつもの光景である。


 ピアー王国の貴族たちは、領地を離れて王都に住みたがる。それは、積極的に社交の場へ出ることによって、一族の立場を維持し、発展させるためなのだ。


 ユーナは大きなダイニングテーブルに、エリザベスと向かい合って座った。その距離、約三メートル。


「待たせてごめんね」


 ユーナが声をかけたが、エリザベスは答えない。やがて夕食が運ばれてきて、二人は無言のまま、黙々と食べる。


 これもまた、いつもの光景だ。


「ねえ、エリザベス」


 ユーナは沈黙を破って、エリザベスに話しかけた。


「今日もヘアスタイル、カッチリ決まってるね。その髪を、もっとキレイにする秘密の方法があるんだけど、興味ない?」


 エリザベスの頭に刺さった大きな蝶の髪飾りが、一瞬反応して、ピクッと揺れた。しかし、エリザベスはそのまま無言で食事を終え、席を立った。


 ダイニングの出口に向かう途中、エリザベスはユーナのそばで立ち止まった。


「あの……」


 そしてエリザベスは口ごもりながら、ユーナの服の左袖を、後ろから指でつまんだ。


「ん? どうしたの?」


 ユーナが振り返って尋ねると、エリザベスは視線を横に外し、ためらうようにゆっくりと袖から手を放した。


「いや、別に……」


 それだけ言って、スタスタと去っていた。 


 夕食後、ユーナが部屋へ戻ると、扉の下にメモ書きが挟んであった。拾い上げて読むと、エリザベスの字でこう書いてある。


「別に、興味ないです。食事中にあまり話しかけてこないで下さい。不作法です」


 ユーナはめげることなく、エリザベスのメモ書きに長文のレスを書き始めた。コイツ、絶対に心開かせたるでぇ。ユーナの謎の闘志は燃え盛った。


 しかしすぐに、部屋のドアがトントンとノックされる音が聞こえた。ユーナはあわてて紙を隠し、ペンを置いた。

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