日がすっかり暮れてから、ユーナとリンは馬小屋を後にした。お互いに時間差を少し空け、バラバラで屋敷へ戻ることにする。
ユーナが屋敷に戻ると、リンの代わりに今日、ユーナの世話を担当させられているソフィーが出迎えた。
「ユーナお嬢様、どこに行ってらしてたんですか? 早くお着替えを」
「ちょっと、庭を散歩してただけよ」
ユーナは、ソフィーと一緒に自室へ向かった。本来はクレア夫人の専属メイドであるソフィーは、忙しそうにしながら、雑な手つきでユーナの汚れた服を脱がせた。
着替えの間、ソフィーはずっと眉間にしわを寄せ、ユーナの体を上から下へ見回していた。
「終わりました。夕食ができております。お早くお願いします」
ソフィーに急かされて、ユーナはダイニングルームへと降りていった。ソフィーは、ユーナから漂う干し草の匂いに気づいたのか、あからさまにクンクンと鼻を鳴らす。ユーナは、さすがに不快になった。
ソフィーは、ユーナがダイニングルームへ入るのを見届けると、首をかしげながら、台所のほうへ歩いて行った。
「ソフィーったら、なんであんなにイライラしてるんだろう」
ユーナも首をかしげ、ソフィーの態度を不審に思う。
ダイニングルームでは、エリザベスが一人で、先に座って待っていた。今夜の男爵夫妻は、観劇会へお出かけだ。これは男爵家の
ピアー王国の貴族たちは、領地を離れて王都に住みたがる。それは、積極的に社交の場へ出ることによって、一族の立場を維持し、発展させるためなのだ。
ユーナは大きなダイニングテーブルに、エリザベスと向かい合って座った。その距離、約三メートル。
「待たせてごめんね」
ユーナが声をかけたが、エリザベスは答えない。やがて夕食が運ばれてきて、二人は無言のまま、黙々と食べる。
これもまた、いつもの光景だ。
「ねえ、エリザベス」
ユーナは沈黙を破って、エリザベスに話しかけた。
「今日もヘアスタイル、カッチリ決まってるね。その髪を、もっとキレイにする秘密の方法があるんだけど、興味ない?」
エリザベスの頭に刺さった大きな蝶の髪飾りが、一瞬反応して、ピクッと揺れた。しかし、エリザベスはそのまま無言で食事を終え、席を立った。
ダイニングの出口に向かう途中、エリザベスはユーナのそばで立ち止まった。
「あの……」
そしてエリザベスは口ごもりながら、ユーナの服の左袖を、後ろから指でつまんだ。
「ん? どうしたの?」
ユーナが振り返って尋ねると、エリザベスは視線を横に外し、ためらうようにゆっくりと袖から手を放した。
「いや、別に……」
それだけ言って、スタスタと去っていた。
夕食後、ユーナが部屋へ戻ると、扉の下にメモ書きが挟んであった。拾い上げて読むと、エリザベスの字でこう書いてある。
「別に、興味ないです。食事中にあまり話しかけてこないで下さい。不作法です」
ユーナはめげることなく、エリザベスのメモ書きに長文のレスを書き始めた。コイツ、絶対に心開かせたるでぇ。ユーナの謎の闘志は燃え盛った。
しかしすぐに、部屋のドアがトントンとノックされる音が聞こえた。ユーナはあわてて紙を隠し、ペンを置いた。