この日のため、既にフワン爺さんに頼んで、ワイン樽の底には鉄板を取り付けてもらった。
「
レンガも集めてある。昔、屋敷を修繕した時に余ったまま、庭の片隅に放置されていたのを見つけたのだ。
豆や穀物を入れるのに使う亜麻袋も、屋敷にたくさんあった。ユーナは亜麻袋をはさみで切り、湯あみ着を作ってみた。
「湯あみ着があれば、裸にならなくてもみんなで入浴できるもんね」
シャツは頭と両腕を出す所に穴を開け、ズボンは足を出す所に穴を開けただけの亜麻袋。ずり落ちないように、ズボンはわらのロープで縛る。
縫製も充分に出来ておらず、学芸会衣装みたいな簡素な代物ではあったが、今回のユーナの計画には、これが必要不可欠だった。
日が暮れて、男爵夫妻とエリザベスは、従者代わりのヴァン・ダイノンと侍女エリナを伴い、馬車で夜会に出かけていった。
ヴァン・ダイノンは、一人で留守番させられるユーナへ、心配そうに何度もチラチラと視線を送った。全然気にしてないから、早く行ってくれ。ユーナはそう思いながら、使用人たちと一緒に笑顔で馬車を見送った。
孤独な夕食タイムが終わると、ユーナは屋敷をコッソリ抜け出して庭に出た。馬小屋の横に隠してあったレンガを「コ」の字型に積み上げ、簡易かまどを作る。
かまどが完成したころ、皿洗いを終えたリンたちも、ガラガラと台車を押しながら井戸水を運んできた。
いよいよ最重要の作業である。ユーナと三人のメイドが、樽を乗せた鉄板に手をかけ、地面から持ち上げた。
「せーの!」
四人は協力して、汗だくになりながら鉄板と樽を運んでいく。
「よいしょ、よいしょ!」
リンたち三人のメイドは、あまりの重さで、何度もフラついていた。そのたびにユーナが、両腕に力を込めてしっかりと支え、態勢を立て直す。みんなで掛け声を出しながら、息を合わせ、ようやくかまどの上に鉄板と樽を設置することができた。
「やったー!」
フワン爺さんが馬小屋から出てきて、火おこしを手伝ってくれた。はしごを樽にかけて、みんなでバケツリレーしながら樽の中に水を注いでいく。一時間ほどで、湯は適温に整ってきた。
「よし、それじゃ入るわよ!」
ユーナとメイドたちは、フワンの部屋を一時借り、亜麻布の湯あみ着へと着替えた。部屋から出てきたユーナは、フワンにも湯あみ着を差し出しながら言う。
「フワンさんも、着替えてきては?」
「いやいや、遠慮しておきましょう」
やはり湯に入るのは、まだ抵抗があるらしい。フワンは馬小屋前の椅子に座ったまま動かず、笑みをたたえながらユーナたちの様子を見守っていた。
いよいよユーナが、一番手で樽風呂に入る時が来た。焼けた鉄板でやけどをしないように、ワイン樽の蓋だった板を踏みながら、樽の底へとゆっくり足を沈めていく。
「あっ……すっごい。最高……」
湯沸かしの過程で、ワインのアルコール分は既に飛んでいた。だが、残ったブドウと木材の香りが、ほんわりと湯気に乗って匂い立つ。ユーナは樽風呂の湯へ、徐々に肩まで浸かっていった。湯の心地良い圧力が、彼女の全身を優しくマッサージする。
「もうダメ、気持ち良すぎる……やっぱり私、お風呂がないと生きていけない……」
前世ぶりの、温かい湯に満たされた湯船での全身浴。押し寄せる大きな快感と達成感に、今まで準備で動きまわった疲れをすっかり忘れるほどの、しびれるような感覚をユーナは満足するまで味わった。
ユーナが樽風呂を出た。次はリンが入浴する番である。
「その板を踏みながら入るのよ、リン」
「はい、お嬢様……あっ、熱いお湯が……」
リンは樽の端を両手でギュッと握りながら、そのスリムな体を、恐る恐る沈めていく。
「はぁ……すごく、イイです……体が空にフワフワ浮いてるみたいで、とろけちゃいそうです、お嬢様……これが、肩まで浸かるお風呂の素晴らしさなんですね!」
目を細めながら、リンはニッコリ笑った。長らく「本物のお風呂」を待ち望んでいた彼女にとって、樽風呂の成功は、感慨もひとしおだった。
さらに交代で、ソフィーとメリーも順番に入浴する。
「あったかい……」
樽から顔を出して頬を紅潮させながら、ソフィーは恍惚の表情を見せた。
「気持ちいい……」
樽から溶け出したポリフェノール成分が、肌に艶を与え、キュッと引き締めていく感覚。メリーは爽快感に、喜びの声を上げる。
四人の少女は、夜更けの露天樽風呂を心ゆくまで楽しむのだった。