ユーナはさらに熱弁を振るい、使用人たちに訴えた。
私は確かに、みんなより裕福な暮らしをしている。でも、湯に入る自由すらないなら、少しも幸せではないのだ、と。
「私は、お風呂に入ってる時が一番幸せなの。私だって、みんなだって、人は誰でも自由に幸せを追求したい生き物だと思うの。人は誰でも、健康で文化的に、生きる権利があるはずよ。私は、お風呂がないと生きていけない!」
そして、湯に入ると毛穴が開いて病気になり発熱するという説の間違いを、ユーナは理路整然と指摘した。
「湯に入ると、血行が良くなって、体温が上がるんです。体温が上がれば、新陳代謝も活発になる。病気が入るどころか、むしろ汗と一緒に、体から老廃物や毒素が出ていくのよ。ほら、私、汗をかいてるでしょ? それが動かぬ証拠。汚れと皮脂が落ちて、肌がキレイになるの。」
血行が良くなれば、体のすみずみまで酸素と栄養が行き渡って、元気になる。疲れは取れ、肩こり・腰痛も楽になる。免疫力が上がるし、心はリラックスできるし、睡眠の質も良くなるのだ、とユーナは説明した。
「そしてここに、私が作った
ユーナは自作の石鹸を拳で握りしめ、高々と頭上に掲げた。
「
いい匂いでキレイになって、肌にも優しいと聞いて、特に女性の使用人たちから、大きなどよめきが漏れた。
「浴槽に浸かって、物思いにふけるひとときは、気分転換としても最高よ。お風呂は、体も心も、健康でキレイにしてくれるものなの。決して、強制はしません。でも、男爵家の使用人たるもの、衛生第一を心得てほしい」
お風呂へ入らない人に世話される私の気持ちを考えろと
「さあ、ここまで聞いて、この中で誰かお風呂に入りたい人はいる? 『先手必勝』は我が家の家訓! 早いもの順よ!」
熱意あふれる言葉に感化されて、まずフワン爺さんが勇気を出して手を挙げた。
「ここは、まず私が入るしかなさそうですな?」
フワンは湯あみ着に着替え、ソロリソロリと樽風呂に入っていくと、たちまち歓喜の声を上げた。
「おほっ、いやはやこれは……もっと早く入っておけば良かったですなあ。実に気持ちがいい! やっぱり、馬も人間も同じですな」
次いで、男爵家の副御者で、今日は非番だったライアンが、名乗りを上げた。
「俺は先日のパーティーの帰り、馬車の中で泣いてたユーナお嬢様を見ました……執事さんは、お嬢様が体調不良って言ってましたよね。今日のユーナお嬢様のお話、あの時の体調不良と何か関係があるんじゃないですか? 俺は、ユーナお嬢様の悲しそうな涙を、もう見たくないです!」
そう言うと、ライアンは意を決したように、ドボンと勢いよく足から樽風呂へと飛び込んだ。
「ユーナお嬢様のためなら、たとえ火の中、水の中ぁっ……! あっ、あっつぅっ! 足、あっつぅ!」
「ライアン、その踏み板を、足から外しちゃダメだってば」
そして、なんと執事のブランメールも、気が付くと、湯あみ着に着替えていた。
先日、悪徳商人からワインの代金を取り戻したユーナの手腕にも舌を巻いたが、今日のユーナの堂々とした態度は間違いなく、男爵家の未来を担うにふさわしいと彼は思った。
「まさか、かくも聡明なる貴婦人に、ご成長なされていたとは……!」
教養を重んじてきたブランメールは、彼女の圧倒的なお風呂知識に完全論破され、心から感服の涙を流したのだった。
一部の使用人たちが、続々と樽風呂に挑戦した。笑い声と湯しぶきの音が庭に響き渡り、その場はまるで、小さな祝祭のようだった。
ユーナは樽風呂で二巡目の入浴をしながら、幸福感いっぱいで、夜空の月をのんびり見上げた。
その時、門番が突然、主人の帰宅を知らせる鐘をガランガランと鳴らした。王子の不興を買って夜会から早々に帰ることを余儀なくされた男爵夫妻と妹エリザベスが、深夜に帰宅してきたのだ。
馬小屋の周囲に集まっていた者たちは、蜘蛛の子を散らすように大慌てで逃げ、持ち場に戻った。だが、馬小屋の横には、かまどと樽がそのままだった。
男爵夫妻は庭の様子を見て、今まで何が行われていたのかを大体察した。クレア夫人は侍女のエリナに命じて、留守番役だった使用人たちを、再び馬小屋の前に集合させた。
クレア夫人は、整列する使用人たちのおびえる表情を、ゆっくりと一人ひとり、なめ回すように見回した。そして、眉を吊り上げながら、金切り声を上げた。
「なぜなの……どうして、こうなったのよォォォッ⁉」