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第十一湯 王都追放(後編)

「お姉様……結局、何がしたかったのかしら?」


 エリザベスは二階の自室の窓から、庭の様子を見下ろしていた。ユーナが乗った馬車が、今まさに、ゆっくり動き出そうとしている。


 エリザベスは急いで部屋を出ようとした。しかし、ドアの下には分厚い紙の束が挟み込まれていて、ドアが動かない。


「な、なんなんですの? これは……」


 必死で紙を引っ張り出してみると、それは、ユーナからの手紙だった。いつかの「別に、興味ありません」というエリザベスのメモに対して、ユーナは今朝ようやく、長い長い返事を書き上げていたのだった。


「親愛なるエリザベス


 お姉ちゃんは、追放されちゃいました。私が言えた立場じゃないけど、両親の言うことをよく聞いて、あなたが平穏無事で毎日元気に過ごすよう祈っています。


 エリザベスの髪型、いつもしっかり固めてあって、すごい努力だと思います。その髪型はとてもおしゃれで、男性のハートをきっと射抜くでしょう。


 だけど、大切な妹であるあなたに、どうしても伝えなければならないことがあります。それは、その髪型がとても不衛生で、危険だということです。


 王都では去年あたりから、貴婦人は誰もが、油で髪を立てて盛り上げ、たくさんの針金で固めています。一度セットしてもらうと、髪を洗うのは永遠に延期したくなることでしょう。でも洗わないと、日に日に頭がかゆくなって、鼻が曲がるほど臭くなりますよ。


 油で髪を固めると、汚れやほこりも付きやすくなります。水で洗うだけでは簡単に落ちません。メリーは月に一度、あなたの頭を水洗いする時に、どれくらい時間をかけてますか? 三十分? 一時間?


 また、何かの拍子に針金が頭にぶっ刺さらないか、お姉ちゃんはとても心配しています。針金で頭皮が傷つき、炎症を起こし、細菌が……細菌って、分かりますか? コッホ博士とか。知らないよね。要するに『病気のもと』が、傷口から入り込みます。それは魔族の攻撃と同じくらい、恐ろしいものです。


 お姉ちゃんは、あなたがいつも可愛く、健康で、幸せをつかんでほしいと願っています。そこで、あなたに私の作った石鹸を贈ります。渡せる分が一個だけしか残ってなくて、ごめんね。


 髪と体は、石鹸でこまめに洗いましょう。石鹸は、油汚れを手軽に落とし、『病気のもと』をやっつけてくれます。


 石鹸で洗った後は、清潔なタオルでしっかり拭いて下さい。その後、植物油とか香油を髪と体に付けると、さらに良いでしょう。


 石鹸は一個ですが、おまけに、新しい石鹸を作るための秘伝のレシピも、添付した別紙に書いておきます。あなたは頭が良いから、きっと作り方を理解できると思います。


 愛を込めて


 ユーナお姉ちゃんより」


 手紙から顔を上げ、エリザベスは部屋のドアを開けた。ドアの前には、石鹸が一個置かれていた。


 エリザベスは振り返り、窓のほうを見た。窓の外の景色は、いつもより曇ったようにぼやけ、雨も降っていないのに、かすかににじんで見えた。


 ユーナを乗せた馬車は既に遠くへ走り去っており、もう、そこには影も形も見えなかった。

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