目次
ブックマーク
応援する
9
コメント
シェア
通報

第十三湯 王子殿下の秘密指令(前編)

 公爵邸まで無駄足を運ばされたユート王子は、次の一手を打った。自ら正式に、男爵家へ使者を送ったのだ。


「貴家のご長女、ユーナ・ユトリノ様を王宮へお連れするようにとの、ユート殿下からの特別のお招きです」


 夕刻になって訪れた王子からの使者に、男爵は王都屋敷の門前で応対した。


「ありがたいご招待ですが、長女は病気療養のため、既に我が領地へ向かわせました。今朝出発したところでして」


「本当に、この屋敷内にいらっしゃらないのですか?ちょっと、中を調べさせて頂きたい」


「ほう? この籠城戦の鬼に向かって、王都屋敷タウンハウスへ踏み込むと? 見くびられたものですな」


 男爵は顔色を真っ赤に変え、使者の行く手を阻んだ。


「この王都屋敷タウンハウスの土地は、国王陛下からお預かりしたもの。いわば王宮を守る出城である。たとえ王子殿下のご家来衆だろうと、進入すると言うならば、今ここでお相手いたーす!」


 男爵のすさまじい気迫に肝をつぶして、使者は逃げ帰った。


「ケーン・ユトリノきょう、父君の命を救ったこともあると聞いたが……親子揃って、ずいぶんめちゃくちゃなやつらだな」


 使者からの報告を聞いた王子は、自分の親衛隊から十人の兵士を選抜した。王子親衛隊には本来定められた警護任務があるため、王子といえども、すぐに自由に動かせる兵力は、それが限界であった。


「特別任務だ。ユーナ・ユトリノ男爵令嬢の、捜索と逮捕を命じる。容疑は……不敬罪。そう、この僕に対する不敬罪だ。彼女は今、王都からユトリノ男爵領へ、護衛騎士と共に移動中らしい」


 ユート王子は兵士たちに命じた。


「男爵領の中に入られたら、面倒だ。それまでに捕まえろ。決して、令嬢を殺すなよ。傷つけることも絶対に許さん。無傷で生け捕りにしてこい!」


 兵士たちは命令を受け、ただちに王宮を出発した。


 一方、われらが男装の剣士・ユーナの乗る馬車は、夜になって、スリーズ川の岸辺にある宿屋へようやくたどり着いた。


 幅二十メートルほどの川だが、夜間は橋が閉鎖されているため、今夜はここで一泊となる。


「いらっしゃいませ。男性が三名様ですか? 部屋は1つで構いませんか?」


「おう、構わんぜ」


 ユーナが男口調で、宿屋のあるじに答えた。騎士ヴァン・ダイノンが、ユーナの肩を押しのけて前に出る。


「構わないわけないでしょ……あー、部屋は2つで頼む。一人部屋と、二人部屋で。隣り合った部屋は取れるか」


「はい。騎士様。では、騎士様が一人部屋で、そちらの付き人ペイジさんと御者さんが、二人部屋ですな?」


「いや……この付き人ペイジが一人部屋だ。つまりその……私は、この御者とぜひ相部屋になりたいんだからね」


「ははあ、なるほど。そういうご事情で」


 宿屋のあるじは、ヴァン・ダイノンとライアンをジロジロと見回しながら、鍵を二本、手渡してきた。


「失礼な宿屋だな。君たち二人を妙な顔で、ずっとチラチラ見てるぜ」


 宿屋併設の食堂でユーナは、チーズとソーセージがたっぷり入ったライアンおすすめのシチュー鍋をつつきながら、ヴァン・ダイノンに声をかけた。


「確かに、無礼な男です。しかしそもそも、お嬢……ユーナ殿のせいで、何か誤解されてるようなんですが?」


「なんだ? 誤解って。それにしても、お風呂のない宿屋に泊まってもつまらんなあ。おやすみだぜ」 


 ユーナは腹いっぱい食べ終わると、一人部屋へ向かった。


 ヴァン・ダイノンとライアンは隣の二人部屋で、ユーナ護衛のために睡眠は交代制で取りながら、その夜を過ごすのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?