公爵邸まで無駄足を運ばされたユート王子は、次の一手を打った。自ら正式に、男爵家へ使者を送ったのだ。
「貴家のご長女、ユーナ・ユトリノ様を王宮へお連れするようにとの、ユート殿下からの特別のお招きです」
夕刻になって訪れた王子からの使者に、男爵は王都屋敷の門前で応対した。
「ありがたいご招待ですが、長女は病気療養のため、既に我が領地へ向かわせました。今朝出発したところでして」
「本当に、この屋敷内にいらっしゃらないのですか?ちょっと、中を調べさせて頂きたい」
「ほう? この籠城戦の鬼に向かって、
男爵は顔色を真っ赤に変え、使者の行く手を阻んだ。
「この
男爵のすさまじい気迫に肝をつぶして、使者は逃げ帰った。
「ケーン・ユトリノ
使者からの報告を聞いた王子は、自分の親衛隊から十人の兵士を選抜した。王子親衛隊には本来定められた警護任務があるため、王子といえども、すぐに自由に動かせる兵力は、それが限界であった。
「特別任務だ。ユーナ・ユトリノ男爵令嬢の、捜索と逮捕を命じる。容疑は……不敬罪。そう、この僕に対する不敬罪だ。彼女は今、王都からユトリノ男爵領へ、護衛騎士と共に移動中らしい」
ユート王子は兵士たちに命じた。
「男爵領の中に入られたら、面倒だ。それまでに捕まえろ。決して、令嬢を殺すなよ。傷つけることも絶対に許さん。無傷で生け捕りにしてこい!」
兵士たちは命令を受け、ただちに王宮を出発した。
一方、われらが男装の剣士・ユーナの乗る馬車は、夜になって、スリーズ川の岸辺にある宿屋へようやくたどり着いた。
幅二十メートルほどの川だが、夜間は橋が閉鎖されているため、今夜はここで一泊となる。
「いらっしゃいませ。男性が三名様ですか? 部屋は1つで構いませんか?」
「おう、構わんぜ」
ユーナが男口調で、宿屋のあるじに答えた。騎士ヴァン・ダイノンが、ユーナの肩を押しのけて前に出る。
「構わないわけないでしょ……あー、部屋は2つで頼む。一人部屋と、二人部屋で。隣り合った部屋は取れるか」
「はい。騎士様。では、騎士様が一人部屋で、そちらの
「いや……この
「ははあ、なるほど。そういうご事情で」
宿屋のあるじは、ヴァン・ダイノンとライアンをジロジロと見回しながら、鍵を二本、手渡してきた。
「失礼な宿屋だな。君たち二人を妙な顔で、ずっとチラチラ見てるぜ」
宿屋併設の食堂でユーナは、チーズとソーセージがたっぷり入ったライアンおすすめのシチュー鍋をつつきながら、ヴァン・ダイノンに声をかけた。
「確かに、無礼な男です。しかしそもそも、お嬢……ユーナ殿のせいで、何か誤解されてるようなんですが?」
「なんだ? 誤解って。それにしても、お風呂のない宿屋に泊まってもつまらんなあ。おやすみだぜ」
ユーナは腹いっぱい食べ終わると、一人部屋へ向かった。
ヴァン・ダイノンとライアンは隣の二人部屋で、ユーナ護衛のために睡眠は交代制で取りながら、その夜を過ごすのだった。