ヴァン・ダイノンは、剣を川岸に置いたままだった。すぐさま格闘術の体勢を取ったが、さすがの彼も、刃物相手に十対一では分が悪すぎる。
とっさの機転でヴァン・ダイノンは、濡れたタオルを鞭のように振り回し始めた。
最初に切りかかってきた兵士の剣に、タオルを絡ませ、剣を遠くへと弾き飛ばした。隙が見えたところで、拳を振るい、パンチを続けざまに当てると、相手は水面にひっくり返る。
次に背後から襲い掛かってきた兵士には、濡れタオルで水しぶきを飛ばして目つぶしをくらわせ、手刀を放って気絶させた。
三人目の兵士の利き腕に、タオルを引っかけ、巻き付けながら思い切りひねりあげた。耐え切れず剣を取り落とした相手に、渾身の頭突きを打ち込んで倒す。ここでようやく、剣を奪い取った。しかし、まだまだ敵は残っている。
水中での激しい戦闘で、既にヴァン・ダイノンは息を切らし始めていた。彼一人で残り全員を倒すのは、さすがに困難かと思われた。
その時、ようやく異常に気づいたユーナが駆けつけてきた。ユーナが持っているのは練習用の木剣と護身用の短剣だけだが、迷いは一切なかった。
「ヴァン、大丈夫か! 今行くぜ!」
「ん? さっきの見張りの剣士か⁉」
ユーナの声に気づいた一人の兵士が、岸に上がって盾を構え、応戦の態勢を取った。木剣を高々と立て、気合を込めた叫び声を発しながらユーナは土手を駆け下りる。
「えいやーっ!」
強烈な木剣の一撃を受け、兵士は盾ごと吹っ飛ばされた。突撃してきたその剣士の正体が令嬢のユーナだと識別する暇もなく、兵士は背中から川へと派手に落っこちる。
大きな水しぶきに驚いて、残りの兵士たちとヴァン・ダイノンは攻防の手を一瞬止めた。ユーナは肩で息をしながら、次なる突進を狙い、再び剣を高く構える。
その瞬間、対岸の岩山から、強風が吹いてきた。滝つぼの水も、大きく渦を巻いた。そして岩山の影から、何か巨大な生物が、少しずつ、ヌウッと顔をのぞかせてきた。
「な、何だあれは!」
兵士たちは悲鳴を上げた。滝の上から、体長十メートルほどの青く光る水竜が、すさまじい
「うわあっ!」
「助けてくれ!」
兵士たちは驚きながら、岸に上がって一目散に逃げ出した。水竜は一息に川の水を吸い込み、強烈な放水を浴びせて、兵士たちを一掃した。
水竜はユーナの前に降り立つと、静かに彼女を見つめた。青く光り輝く水竜の顔には、左目の下に、ほくろのような黒い斑点があった。
「あれ? あなた……まさか、さっきの魚さんなの?」
ユーナは驚きながら、水竜に声をかけた。水竜はまるでうなずくかのように首を揺らすと、翼を降ろし、ユーナに背中へ乗るよう
「お待ち下さい、魔族かもしれません! 危険です!」
ヴァン・ダイノンが叫んで止めた時には、ユーナはもう水竜の背中にまたがっていた。
「ちょっと、行ってくるねー! ライアンの所に戻って、一緒に次の宿で待ってて。後で合流しましょ!」
ユーナはヴァン・ダイノンのほうを振り返ると、笑顔で言い遺す。水竜はあっという間に上空へと舞い上がり、飛び去っていった。
一人取り残されたヴァン・ダイノンは溜め息をつき、乱れた長髪を束ねながら愚痴った。
「なんという、やりたい放題のお嬢様だ……」