侯爵家での警備が強化されてから数日が経過した。カミラは父のラルフ侯爵が「ただの脅し」と言い切った黒いフードの一団について、未だに釈然としない気持ちを抱えていた。エドワードの失踪、隠れ家で聞いた「侯爵家を標的とする計画」、そして仮面の執事ルイスの正体。どれもが謎に満ちており、彼女の心を掻き乱していた。
その日、カミラはいつも通り朝食を済ませた後、執務室で書類に目を通していた。侯爵家に関する財務報告や、宮廷からの新たな連絡事項が山積みだ。しかし、彼女の頭の中は目の前の文書ではなく、侯爵家を取り巻く不穏な気配に囚われていた。
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「お嬢様、少々よろしいでしょうか?」
執務室の扉をノックしながら現れたのは、執事のルイスだった。黒い仮面越しに彼の冷静な声が響く。
「何かしら?」
カミラはペンを置き、ルイスに視線を向ける。
「昨夜、また不審な動きが確認されました。屋敷の近くで黒いフードを被った人物が目撃され、門番たちが対応しましたが、足取りを掴むことはできませんでした。」
カミラの眉が僅かに動いた。再び、彼らが現れた――その事実が彼女の心に新たな不安をもたらした。
「彼らが具体的に何を狙っているのか、まだ掴めていないの?」
「残念ながら、まだ確証は得られておりません。ただし、彼らの動きが活発化しているのは間違いありません。」
ルイスの報告に耳を傾ける中で、カミラは一つの可能性を思い浮かべた。侯爵家が標的にされている理由は、やはりエドワードの失踪に関係しているのではないか――。
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その日の午後、カミラは侯爵家の大広間で父と対面した。
「お父様、私たちの家が狙われていることをご存知でしょう?」
カミラの問いに、ラルフ侯爵は冷静な表情を崩さなかった。
「知っている。しかし、彼らが本当に我々に害を及ぼす力を持っているのか、まだ判断できん。」
「判断できない?屋敷の周囲をうろつく者たちがいる時点で、十分に危険ではないでしょうか。」
カミラは感情を抑えながらも強い口調で訴えた。しかし、父は娘の言葉に耳を貸す様子はなかった。
「カミラ、お前は冷静でいなければならない。我々侯爵家が動揺を見せれば、それこそ彼らの思う壺だ。」
その言葉にカミラは唇を噛んだ。父の言葉には一理あるが、行動を起こさなければ状況が悪化するのは明らかだった。
「わかりました、お父様。しかし、私は私なりに動きます。」
カミラはその場を後にし、再びルイスの元へ向かった。彼女には一つの決意が固まりつつあった。
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「ルイス、今晩、貴族街にもう一度向かいましょう。」
「お嬢様、それは危険です。」
「わかっています。でも、私たちが動かなければ、何も変わらないわ。」
ルイスはカミラの瞳に宿る強い決意を見て、彼女の意志を覆せないことを悟った。そして、小さく一礼した。
「かしこまりました。ですが、私の指示に必ず従ってください。それが条件です。」
「了承するわ。」
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夜が訪れ、侯爵家の灯りが一つずつ消えていく中、カミラとルイスはひそやかに屋敷を出た。再び貴族街へと向かう二人の足取りは、静寂の中に確かな意志を感じさせた。
「隠れ家に戻るのね?」
「はい。あの場所がまだ使われている可能性は高いです。」
貴族街に到着すると、二人は路地裏を抜け、以前見つけた隠れ家の前に立った。扉の下からは微かに光が漏れており、内部に誰かがいることが確認できた。
「慎重にいきましょう。」
ルイスの言葉にカミラは頷き、小声で応じた。
「あなたに従うわ。」
ルイスが扉を静かに押し開けると、内部には数名の男たちが集まり、低い声で会話を交わしていた。書類を広げ、何かを計画しているようだった。
「……侯爵家への侵入は来週の夜に決行する。」
「防備を突破する手段は?」
「裏門の警備が薄い時間帯を狙う。それに、内通者が協力してくれる手筈だ。」
その言葉を聞いた瞬間、カミラの心に衝撃が走った。内通者――侯爵家の内部に裏切り者がいるという事実。
ルイスは男たちの会話を最後まで聞き終えると、カミラの手を引いてその場を離れた。
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屋敷に戻った二人は、すぐに対策を練るための会議を始めた。
「内通者がいる以上、警備の再編が必要です。」
「ええ、でもその前に内通者を見つけ出す必要があるわ。」
カミラの声には焦燥が滲んでいた。信頼していた屋敷の誰かが裏切っている可能性――それは彼女の心に重くのしかかった。
「私が調査を進めます。」
「頼むわ、ルイス。」
カミラは深い息をつき、覚悟を決めた。侯爵家を守るため、自分ができる限りのことをしなければならない。そして、その過程でさらなる謎が明らかになることを、彼女はまだ知らなかった――。
:裏切り者を探して
カミラとルイスが「夜の梟団」の隠れ家を調査してから数日が経過した。その夜に得られた情報は、侯爵家内部に内通者が存在するという驚くべき事実だった。内通者の存在は、ただでさえ不穏な状況にさらされている侯爵家の危機感をさらに高めるものだった。
「内通者がいるなんて……誰を信じればいいのかしら。」
カミラは侯爵家の広い庭園を歩きながら、深いため息をついた。優雅な庭園に咲き乱れる花々の美しさも、今の彼女には目に入らない。
「お嬢様、焦らないでください。」
隣を歩くルイスが、冷静な口調で話しかける。
「状況は複雑ですが、一つずつ解決していきましょう。」
「それはわかっているわ。でも、この状況で誰を信用すればいいのか、私にはわからないの。」
ルイスはしばらく沈黙した後、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「信頼の問題は重要ですが、私たちが取るべき行動は明確です。まずは内通者の正体を突き止め、その目的を明らかにすること。それが最優先です。」
「その方法は?」
「いくつか手段は考えられます。まず、屋敷内で目立った行動や不審な動きをしている者を探ります。また、何らかの証拠――たとえば、通信文や密会の記録などを見つけることが必要です。」
カミラはルイスの言葉に小さく頷いた。信頼できる相手が彼しかいない今、彼の提案に従うしかない。
その夜、カミラとルイスは屋敷内の巡回を行うことにした。警備隊や侍女たちの動きを注意深く観察し、不審な点がないかを探るためだ。侯爵家の夜は静寂に包まれているが、その裏では緊張感が漂っていた。
「通常通りの警備のように見えますが……。」
ルイスが小声で呟いた。
「そうね。でも、見えるものだけが真実とは限らないわ。」
カミラは冷静な目で周囲を見渡した。
しばらく巡回を続けていると、一人の侍女が廊下の端で何かをしている姿が目に入った。彼女は誰かと小声で会話をしているようだったが、相手の姿は見えない。
「待って。」
カミラはルイスに手で制し、物陰からその様子を見守った。
「こんな時間に……何をしているの?」
カミラが小声で呟くと、ルイスが答えた。
「確認が必要です。お嬢様、ここでお待ちください。」
「わかったわ。でも、無理はしないで。」
ルイスは静かに侍女に近づき、影に隠れながら彼女の行動を観察した。侍女は小さな紙片を手にしており、それを壁際に隠すようにして置いている。その後、彼女は何事もなかったかのようにその場を去った。
「怪しい動きですね。」
ルイスが戻ってきて、小声でカミラに報告した。
「何を隠していたの?」
「確認します。」
ルイスが侍女が残した紙片を拾い上げると、それには短い文章が書かれていた。
「『計画は予定通り進行中。次の連絡を待て』」
その内容を見たカミラは、眉をひそめた。
「計画……。これは何かの指示書ね。」
「はい。そして、これが内通者が関与している証拠です。」
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翌日、カミラは侍女の身元を調査するよう命じた。その結果、彼女が普段から特に目立たない存在でありながら、時折外部との連絡を行っていることが判明した。
「彼女が内通者である可能性が高いわね。」
カミラはルイスに向かって言った。
「確かにその可能性は高いです。しかし、まだ彼女が単独で動いているのか、それとも他に協力者がいるのかを確認する必要があります。」
「どうするつもり?」
「彼女を泳がせましょう。次にどのような行動を取るのかを見極めるためです。」
カミラはその提案に一瞬迷ったが、最終的には同意した。完全に証拠を掴むまでは、彼女を問い詰めるわけにはいかない。
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その夜、ルイスは再び侍女の動きを監視するために屋敷内を巡回した。カミラも一緒に行動するつもりだったが、彼の「危険です」という一言で断念した。
ルイスは侍女が再び何かを隠しているところを目撃し、慎重にそれを回収した。今回見つかったのは、侯爵家の内部図だった。
「これは……。」
ルイスはその図面を見つめ、緊張を滲ませた。
翌朝、ルイスはその図面をカミラに渡し、状況を報告した。
「彼女は侯爵家の構造を外部に流しているようです。この情報が渡れば、侵入計画が実行される可能性が高まります。」
カミラはその言葉に顔を曇らせた。彼女の胸中には怒りと不安が交錯していた。
「今夜、彼女を捕まえましょう。そして、彼女からすべてを聞き出すの。」
ルイスは小さく頷き、次の行動に向けて準備を進めた。
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その夜、カミラとルイスは侍女を廊下で捕らえ、彼女を問い詰めた。侍女は最初は何も話そうとしなかったが、ルイスの冷静かつ的確な質問によって次第に動揺し、ついに口を割った。
「私は……夜の梟団の命令で動いていただけです。」
「夜の梟団……彼らの目的は何?」
カミラが問いかけると、侍女は怯えた表情で答えた。
「侯爵家を混乱させ、内部から崩壊させること。それが彼らの狙いです……。」
その言葉に、カミラの胸に怒りが湧き上がった。
「許さないわ……。」
カミラは決意を新たにし、夜の梟団との戦いに備える覚悟を固めたのだった――。
:夜の梟団への対抗策
侍女から「夜の梟団」の目的を聞き出したカミラとルイスは、次なる一手を模索していた。彼らの狙いは明白だった。侯爵家を内部から混乱させ、その影響力を削ぐこと。エドワードの失踪もその計画の一環である可能性が高い。
「夜の梟団がここまで大胆な行動に出るとは……。」
執務室の机に広げられた侯爵家の内部図を睨みながら、カミラは苛立ちを隠せなかった。
「奴らの目的はただの妨害ではありません。侯爵家を完全に崩壊させることです。」
ルイスが冷静に分析する。
「ならば、こちらもそれに備えなければならないわ。警備体制を強化するだけでは不十分ね。」
カミラは深く息をつき、立ち上がった。
「彼らが次に何を仕掛けてくるのか、その一歩先を読まなければ。」
ルイスは軽く頷きながら、計画を提案した。
「お嬢様、まず彼らの組織の規模と動きを明確に把握する必要があります。現段階では断片的な情報しか持ち合わせていません。」
「具体的には?」
「捕らえた侍女が持っていた情報を元に、夜の梟団の他のメンバーを炙り出します。そして、彼らの動きに関する手掛かりを掴むことが最優先です。」
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その夜、ルイスは夜の梟団の隠れ家に向かう準備を整えた。カミラも同行を望んだが、ルイスの説得によって断念した。
「お嬢様、ここは私にお任せください。お嬢様が直接危険に晒される必要はありません。」
「でも……。」
「夜の梟団を制するためには、お嬢様が安全であることが最優先です。ご理解ください。」
カミラは唇を噛みながら頷いた。ルイスがそこまで言うのならば、彼を信じるしかない。
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夜の闇に紛れ、ルイスは単独で隠れ家へと向かった。侯爵家で見つかった内部図を持ち出した者が誰なのか、さらに詳しい情報を引き出すことが目的だ。
彼が隠れ家に到着すると、建物の奥から男たちの低い声が聞こえてきた。彼らは廃屋の中で集まり、何かを熱心に議論しているようだった。
「侯爵家の防備は予想以上に厳重だ。」
「だが、計画に変更はない。次の手筈通り進めるだけだ。」
ルイスは影からその様子を見守りながら、男たちの会話を注意深く聞き取った。彼らはどうやら侯爵家への侵入計画を進めているようだ。そして、その一環として、内部の者を使ったさらなる混乱を企んでいるらしい。
「次の侵入は明後日の夜だ。」
「内部の協力者が準備を整えている。それを待つだけだ。」
その言葉を聞いたルイスは、廃屋を後にした。彼が持ち帰った情報は、カミラにとって重要な判断材料となるはずだ。
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翌朝、ルイスはカミラに報告を行った。
「彼らは明後日の夜、再び行動を起こす予定です。内部の協力者がまだ動いていることも確認しました。」
カミラはルイスの報告を聞きながら、冷静に考えを巡らせた。
「明後日の夜ね……。それまでに、屋敷の警備を再編成する必要があるわ。そして、内部の協力者を完全に炙り出す。」
ルイスは静かに頷き、続けた。
「協力者の動きは、先日の侍女から得た情報を元に追跡を進めています。しかし、明確な証拠を掴むにはまだ時間が必要です。」
「時間がないのよ。」
カミラは鋭い口調で言い放ち、執務室を歩き回った。
「ならば、彼らの計画を逆手に取るしかないわ。侵入計画を利用して、彼らを捕らえるの。」
ルイスはその提案に目を細め、考え込んだ。
「確かに有効な手段です。しかし、成功するためには緻密な準備が必要です。」
「やるしかないわ。」
カミラは強い意志を込めて言葉を続けた。
「侯爵家を守るためには、こちらから仕掛けるしかない。」
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その日の午後から、カミラとルイスは計画の詳細を詰め始めた。警備隊を配置し直し、夜の梟団の侵入を防ぐための罠を仕掛ける。さらに、内部の協力者を見つけ出すための偽情報を流すことも計画に含まれていた。
「内部図を使った侵入経路はすでに把握しているわ。そこに罠を仕掛ける。」
「協力者の動きを確認するために、屋敷内の通信も監視します。」
二人は緻密な計画を練り上げ、夜の梟団が行動を起こすその日を待つことにした。
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やがて夜が訪れ、侯爵家の屋敷はいつも以上に静けさを保っていた。だが、その裏ではカミラとルイスが全てを見通す視線を向お知らせください!
夜の梟団との対決に向けて、静かに準備を進めていた――。
:夜襲と罠
決行の夜が訪れた。侯爵家の広大な屋敷は、いつもと変わらぬ静寂に包まれているかのように見えたが、その裏側では厳戒態勢が敷かれていた。カミラとルイスが練り上げた計画は、夜の梟団を屋敷内に誘い込み、彼らの動きを制圧するというものだった。
「彼らが侵入してくるのは裏門からでしょう。」
執務室に集まった護衛隊長と数人の警備隊員に、カミラは冷静な声で指示を出す。
「裏門付近に防御の重点を置きつつ、彼らが動いた場合には即座に制圧をお願いします。できる限り捕らえ、生け捕りにしてください。」
ルイスはその隣で補足するように言葉を付け加えた。
「内部図を持ち出した協力者が手引きをしている可能性があります。外部の敵だけでなく、内部にも警戒を怠らないように。」
隊員たちは一斉に頷き、指定された持ち場へと散っていった。屋敷の中には静かな緊張感が漂い、カミラも内心の焦りを隠しながら、窓越しに月明かりに照らされた庭を見下ろしていた。
「お嬢様、準備は整いました。」
ルイスが背後から声をかける。
「ええ、後は彼らが動き出すのを待つだけね。」
カミラは振り返り、毅然とした表情を浮かべた。
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深夜、侯爵家の裏門付近で微かな物音が響いた。それは闇に紛れるような小さな音だったが、警備隊員たちは即座にその異変を察知した。
「来たか……。」
ルイスが屋敷の陰から静かに様子を窺う。黒いフードを被った数人の男たちが裏門の鍵を外し、静かに内部へ侵入してきた。
「まだ動かないで。」
カミラは小声で指示を出し、敵の動きを見極めようとする。男たちは警戒しながら廊下を進み、屋敷内の奥へと足を向けていた。その先は、あらかじめ罠を仕掛けた部屋だった。
「彼らの目的は何?」
カミラが呟くと、ルイスが即座に答える。
「おそらく、さらなる内部の情報を持ち出すこと、もしくは混乱を引き起こすことです。」
その時、侵入者たちが罠の仕掛けられた部屋に足を踏み入れた。仕掛けられていた紐が引かれると、扉が勢いよく閉じられ、外から鍵がかかる仕組みだ。
「よし、計画通り。」
ルイスがすぐさま合図を送り、警備隊員たちが駆け寄る。侵入者たちは閉じ込められた部屋の中で混乱しながら騒ぎ始めたが、あっという間に制圧された。
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屋敷の中庭では、捕らえられた侵入者たちが並べられ、その正体を調べられていた。カミラは冷徹な表情で彼らを見下ろす。その中に、見覚えのある顔が一つあった。
「あなた……確か、執事の一人だったわね。」
カミラがそう指摘すると、その男は怯えた表情を浮かべた。
「お嬢様……申し訳ありません、どうしても家族を守るために……!」
「家族?」
カミラの眉がわずかに動く。
男は膝をつき、泣きながら語り始めた。
「夜の梟団に脅され、逆らえば家族が危険に晒されると言われました。それで……内部の情報を流してしまいました……。」
「脅された……。」
カミラの声は冷静だったが、その言葉の裏に複雑な感情が渦巻いていることがわかった。彼女は視線をルイスに向けた。
「彼をどうすべきかしら?」
「お嬢様、彼は夜の梟団の計画に深く関与しています。罪を見逃すわけにはいきません。しかし、状況を考慮する必要もあるでしょう。」
カミラはしばらく考え込み、やがて決断を下した。
「彼の家族を保護することを条件に、すべての情報を話させましょう。その後で処遇を決めます。」
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捕らえられた侵入者たちと内通者から得られた情報は、夜の梟団の実態に迫る手掛かりとなった。彼らの拠点が隠れている場所、関与している貴族の名前、そして組織の次なる目的――。
「これでようやく彼らの背後を暴ける。」
カミラは報告書を手に取り、厳しい表情を浮かべた。
「ですが、お嬢様。」
ルイスが慎重な口調で言葉を続ける。
「この戦いはまだ始まったばかりです。夜の梟団は簡単に尻尾を掴ませる相手ではありません。」
「それでも、私は止まらないわ。」
カミラは強い意志を込めて答えた。
「エドワードの失踪の真相を暴き、侯爵家を守るためにも、彼らの本拠地を突き止めて叩くしかない。」
ルイスは静かに頷き、仮面の奥で微笑んだように見えた。その微笑みが意味するものが何か、カミラにはまだわからなかった――。
:本拠地への潜入
夜の梟団から得られた情報は、カミラとルイスに新たな行動の指針を与えた。捕らえられた内通者と侵入者たちの供述により、夜の梟団の拠点が貴族街のさらに奥深く、古い劇場の地下に存在することが明らかになったのだ。その劇場は数年前に閉鎖されており、表向きは誰も使用していないことになっていた。
「古い劇場……そこが彼らの本拠地なのね。」
カミラは地図を広げながら、劇場の位置を確認した。
「はい、そこには彼らのリーダーがいる可能性もあります。」
ルイスは冷静な声で付け加えた。
「ただし、この情報が罠である可能性も否定できません。」
カミラは地図から目を離し、ルイスの方を向いた。
「罠であろうと構わないわ。彼らが動き出す前に、こちらから先手を打つべきよ。」
ルイスは彼女の強い意志を感じ取り、小さく頷いた。
「わかりました。ただし、潜入には最大限の慎重さが求められます。お嬢様の安全を最優先に考えます。」
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翌日、カミラとルイスは劇場への潜入計画を練り上げた。彼らは少人数で行動し、目立たないようにする必要があった。劇場の構造については、以前の所有者から得た情報をもとに、地下への隠し通路が存在する可能性を考慮に入れた。
「敵の人数がどれほどかもわからない以上、正面からの突入は避けるべきね。」
カミラがそう言うと、ルイスは頷きながら地図に書き込んだ。
「裏口から潜入し、地下への通路を目指します。敵の配置を確認した上で、必要なら増援を呼びましょう。」
「私も行くわ。」
カミラの言葉に、ルイスは一瞬表情を曇らせた。
「お嬢様、危険です。」
「それでも、私は家を守るために責任を果たすべきよ。あなたに全てを任せるわけにはいかない。」
ルイスはしばらく考え込んだ末、深く息をついた。
「わかりました。ただし、危険な場面では私の指示に従っていただきます。」
「もちろんよ。」
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夜が訪れ、カミラとルイスは警備隊から選りすぐりの精鋭を伴い、古い劇場へと向かった。月明かりに照らされる劇場は、かつての栄華を感じさせながらも、今ではすっかり廃墟のような雰囲気を醸し出していた。
「ここが本当に彼らの本拠地なのね……。」
カミラは劇場を見上げながら呟いた。その静けさがかえって不気味だった。
ルイスが先導し、一行は劇場の裏手へと回り込んだ。木製の扉は古びていて、軽く押せば開きそうだったが、ルイスは慎重に扉の周囲を確認した。
「罠は仕掛けられていないようです。」
そう言って扉を静かに開けると、中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。
「静かに。」
ルイスの指示に従い、一行は足音を立てずに中へと進んだ。劇場の内部は荒廃していたが、舞台の奥へと続く階段が見つかった。その先が地下通路になっているらしい。
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階段を降りた先の地下通路は、想像以上に広かった。壁には古びたランプが等間隔に並び、微かな明かりを灯している。進むにつれて、遠くから低い話し声が聞こえてきた。
「ここにいるわね。」
カミラはルイスに目配せをしながら囁いた。
ルイスは頷き、声のする方へと慎重に進んだ。やがて通路の先に広がる大きな部屋に辿り着いた。そこには黒いフードを被った男たちが数十人集まり、中央で議論をしているのが見えた。
「奴らの拠点に間違いありません。」
ルイスが小声で言うと、カミラもそれを確認した。
「ここで彼らを制圧するのは無理ね。数が多すぎる。」
「はい。一度引き上げ、さらなる増援を呼びましょう。ただし、この場で何かしらの手掛かりを得られるなら、それを確保する必要があります。」
ルイスが視線を巡らせると、部屋の隅に机があり、その上に書類が山積みになっているのを見つけた。
「お嬢様、私が行きます。ここでお待ちください。」
カミラは迷ったが、彼の判断に従うことにした。
「気をつけて。」
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ルイスは物音を立てないように机へと近づき、書類の束を手に取った。その中には、侯爵家に関する計画書が含まれており、エドワードの名前も記されていた。
「エドワード……!」
ルイスはその名を確認し、すぐにその書類を持ち帰ろうとした。だが、その瞬間、後ろから鋭い声が響いた。
「そこにいるのは誰だ!」
部屋にいた男たちが一斉に動き出し、ルイスを取り囲もうとした。その物音を聞いたカミラは思わず身を乗り出し、通路の奥から状況を見守る。
「ルイス!」
彼は冷静に対処しつつ、手にした書類を懐にしまい、警備隊員たちのいる通路へと戻ろうとした。敵の追跡を振り切りながら、カミラの元へと辿り着いたルイスは、息を切らしながらも笑みを浮かべた。
「重要な手掛かりを確保しました。これで彼らの計画を暴けます。」
「無事でよかった……。」
カミラは安堵しながらも、すぐに気を引き締めた。
「これ以上ここに留まるのは危険ね。一度戻りましょう。」
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屋敷へと戻ったカミラとルイスは、手に入れた書類を広げ、内容を確認した。そこにはエドワードの行動記録が詳細に記されており、彼が夜の梟団のリーダーと接触していたことが判明した。
「彼は……彼らに協力していた?」
カミラは驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべた。
「まだ断定はできません。ただ、これが真実ならば、彼の失踪は自作自演である可能性もあります。」
カミラは書類を握りしめ、深く息をついたかめる必要があるわ。」
カミラの心に新たな決意が宿った。夜の梟団との戦いは、まだ始まったばかりだった――。
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