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第6話 狼を退治するのよォ!

 がふ。

 断末魔のあと、血を吐いて狼はその場にべしゃりと伏した。

「ふん、こんなもんか……」

 グロリオサの店で過ごしたその次の日、夕暮れ時にバジリオは件の狼退治へ出かけた。暴れ狼が活動する時間帯は、日没の頃というから、それに合わせてだ。大ぶりな剣を腰につけた鞘に納めると、バジリオは討ち取った証として狼の牙を小ぶりなハンマーで叩いて折り取った。懸念していた他の個体との遭遇もなく、これ以上は追加分の報酬も望めなさそうだ。

 あとは自主的に薬草や鉱石を採取して売るか、そう考えてふと顔を上げると、そこには狼が使っているのであろう獣道があった。そこに、きらりと光るものを見つけたのである。

「……なんだ、あれ……」

 光っているものが落ちている地点まで、歩みを進める。

「こいつは……」

 それは、竜の鱗だった。

 バジリオはにんまりしてしまう。希少価値の高い竜の鱗は、アクセサリーとしても防具の素材としても人気が高い。これを集めて売れば結構な金になりそうだ、と。他にも落ちていないか、あたりを見回す。……もう少し奥か。バジリオは獣道の先へ進んでみた。

 すると、そこには小さな洞窟があった。

 洞窟の前には、立て札がひとつ。

『この先、立ち入り禁止区域』

 そこで、バジリオは昨夜依頼についての詳細を話したグロリオサの言葉を思い出す。


 ――狼が何頭いるのかはわからないけど、深追いはしないようにね。それと、立ち入り禁止区域には近づかないこと。中に入るなんてもっての外よ。


 立ち入り禁止区域があることは説明したが、何故立ち入り禁止なのかまではグロリオサは語らなかった。


「なんだって、立ち入り禁止なんて」

 立札の前で、何かが光る。

 また、竜の鱗が落ちていたのだ。

 それを拾い上げると、バジリオは剣を鞘から抜いた。

 冒険者たるもの、危険を冒してでも宝を得るべきだ。立札とグロリオサの警告を無視し、彼は洞窟の中へ入っていった。



 場所は『Bar・Nocturnal』、とっぷりと夜も更けて、食事をしていた客たちは帰り、その場に残ったのは店主であるグロリオサと、アシルとガヴァン、テオの四人だけだった。

「……バジリオさん、帰ってきませんね」

 時計の音が、大きく聞こえる。

 心配するテオの声を聞いて、グロリオサは温かいココアを用意してやった。

 バジリオは今日の夕に出ていって、夜、バーを閉める時間までには戻って報告をしてくれる手筈になっていた。それなのに、あと数分で日付を跨ごうという時間だ。

「あんだけ大口叩いてたのに、手間取ってんのかなあ」

 ガヴァンの言葉は容赦ない。

「一人で行ったのも気にかかるしな」

「だねえ……、俺でも暗くなる時間帯の依頼は一人は嫌なのに」

 どうやったって人間の夜目には限界があるから、動物や魔物がどこから襲ってくるかわかりづらいのもあるし、夜行性の奴らが群れになって襲ってきた日にはどう足掻いたって人間一人では敵わない。

「日が完全に落ち切る前に片付けて、ゆっくりのんびり戻ってきてる……なんてことは、ないですよね」

 テオが口にした希望的観測に、ガヴァンは首を横に振る。

「ああいう手合いは手にした獲物をすぐ見せびらかしたがるから、依頼を達成したらさっさと帰ってくるんじゃない?」

 アシルはうーん、と唸った。

「そうか? 金を欲しがってたから、追加報酬のためにさらに狼がいないかねぐらを探しに行ったとか」

 ねぐら。

 その言葉を聞いて、グロリオサはがたんと立ち上がる。

「……まさか……」

「どうしたグロリオサ」

「出てくるわ」

 グロリオサはカウンターの下に置いていた剣を引っ掴んで外套を羽織ると、ばたばたと店を出ていった。

「えっ、グロリオサさん!?」

 テオは慌てて追いかけようとする。それを、ガヴァンがやんわり制止した。

「大丈夫、こういうときはグロリオサに任せておけばいい」

「でも……」

「言ったろ、グロリオサは『規格外』だって」

 俺たちはここで帰りを待つのが良い、何かあったときに中央に連絡するのも俺たちになっちまうしな、といったアシルに、テオは怯えたような表情で頷く。

「悪い、安心しな、テオ。グロリオサに『何か』なんて起こらないから」

 宥めるように言って、アシルはカウンターのほうへ回った。

「さ、帰りを待つ間、スープでも温めなおして飲むか?」


 アシルは知っていた。

 昨晩グロリオサが出したカクテルの意味。

 ――スーサイド。『自滅』

 無謀を、戒める言葉。


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