「何が立ち入り禁止だよ、全然大したことねえじゃねーか」
バジリオは立札があった地点から洞窟の先へ進み、そこで竜の鱗をもう一枚見つけた。
「あのカマ野郎、ここにお宝があるからって隠してたのか……街の連中皆でここを隠して、よそ者には金目の物を持って行かせないって魂胆か?」
くく、と笑って、バジリオは竜の鱗をポケットに突っ込む。
「このバジリオ様にはそんなん通用しねーんだよ!」
その時だった。
――グオオオ、グオオオオオオ。
洞窟の奥から、威嚇するような低い唸りが聞こえたのである。
「なん……」
真っ赤なヒールと、スパンコールをふんだんに使った黒いロングドレスのまま街を飛び出してきたグロリオサは、金の髪を靡かせて夜道を駆けて行った。とてもではないが一般男性が4インチのヒールで出せる速度ではない。女性でも無理な気がする。
(ああ、きちんと説明してやればよかった……!)
菫色の瞳を閉じて、奥歯を食いしばりグロリオサは悔やむ。
――だって、あの場所には……!
「ドラゴン……」
バジリオはいつの間にか目の前にいた小型のドラゴンに、しめたと思った。
ここに来るまでに落ちていた竜の鱗は、おそらくコイツの物だろう。
体長2メートル程度の小型なら、自分でも討伐できる。ごくりと喉を鳴らし、バジリオは剣を構えた。討伐対象として依頼に上がっているのかは知らないが、このドラゴンを狩れば街の人間だって喜ぶに違いない。基本的にドラゴンというのは狂暴だから、周辺の街は対処に困っているはずだ。それを退治して帰ったとなれば一躍英雄じゃないか。それに、討伐すれば鱗だって牙だって手に入る。それを売ればしばらくは金に困らない。
――ガルルル……。
バジリオが明確な殺意を持っていることを知ったドラゴンは、じりじりと距離を詰めてくる。洞窟の中は暗くて見えにくい。外へ、月明りの元へ出た方がまだ戦いやすそうだと判断したバジリオは、少しずつ後退してドラゴンをひきつけた。
(……おっと、これは……)
洞窟の出口まで誘い込んだときに、ドラゴンの身体の色に気づく。月明りに照らされたドラゴンの体表は、虹色の鱗で覆われていたのである。
(なるほど、落ちていた鱗の色が違ったのはそういう……)
一枚目は淡いブルーにグリーンのグラデーション、二枚目はブルーからレッドへのグラデーション。様々な色にきらめく鱗を纏うドラゴンが立ち入り禁止区域の奥にいたのは……。
(やっぱり、あいつらこのドラゴンの存在を隠してたんだな)
いつか街の人間でドラゴンを討伐するなり捕まえるなりして、それで一攫千金といこうとしているところに部外者が入り込んで討伐してしまったら台無しだもんな、とバジリオは納得する。
視界も開けたところで先制攻撃だ、とばかりに、バジリオはドラゴンに飛び掛った。
――ガア、ア……ッ!!
バジリオの剣が、ドラゴンの首目掛けて振り下ろされる、――が。
(……え?)
硬い。
剣が、全く入っていかないのである。
様々なモンスターを討伐している冒険者ならば普通はわかっていることだが、生物の急所というのは硬いものだ。己の命を守るため、そうやって進化しているのだ。人間の首には硬い鱗も岩のような皮膚も生まれてはくれなかったが、こういった魔法生物たちは大体が首や頭、心臓のあたりなど、内臓や太い血管があるところの皮膚や体毛は強化されている。この虹色ドラゴンだって例外ではなかった。首のところの鱗だけ、異様に分厚く変質してほとんど鉱石のようになっている。
しかし、鋼の剣で成人男性に斬りつけられたその衝撃にドラゴンは怒りを露わにした。
「う、うわ」
ひゅ、と振り上げられた爪を転げるようにして躱す。
さっきまでバジリオが立っていたところは、ドラゴンの爪により深くえぐれてしまった。
(なんだこいつ、サイズは小さいのに馬鹿力ッ……)
ドラゴンはすかさず、尾を振る。太いトカゲの尾に弾かれ、バジリオは数メートル吹き飛ばされてしまった。
「うがああっ」
先刻対峙した狼のように、無様に地面に叩きつけられて倒れ伏す。
逃げなくては、そう思ったときにはもう遅かった。ドラゴンが距離を詰めてきている。
「やめ、許してくれ、く、来るな、嫌だ……」
腰が抜けてしまったバジリオはドラゴンに懇願する。
聞くものか、とばかりにドラゴンはその口を大きく開けた。
真っ白に輝く牙と、その奥のぬらりとした口内が見える。
――終わった。