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第1話

俺が暮らすライナード国は、冒険者の国と呼ばれ他国からも人が集まってくるほど冒険者という地位が確立されている。


そんな国に生まれた俺は物心ついた時から冒険者に憧れていた。


その気持ちのままに成人すると同時にギルド登録を済ませ、この職業についた。


一番大きなギルドがある街で暮らしていたこともあったが、三年目になった今年落ち着いた雰囲気の街に移住した。


この国で五番目に大きな冒険者ギルドがあるサミカという街。


依頼は中心地より少ないが、探せば合う依頼も見つけられる。


何より街の人が穏やかで優しいこの街が俺は気に入っていた。


冒険者ギルドの人たちも親切で依頼に悩んだ時は相談出来る。


そんな俺は今日も依頼を済ませて、冒険者ギルドの扉を開いた。


「あら、ジークさん。ごめんなさいね、今日は結構混んでいて。空いている列に並んでくれるかしら?」


いつも担当してくれている受付嬢が忙しそうにカウンターから顔を出してそう伝えてくれる。


他のカウンターに目を向けるとどこも並んでいるが、一番端の受付は場所的な問題からか並んでいる人が数人ほど少なかった。


(ここにしよう……)


並んで10分ほどで自分の番が回ってきた。


「次の方、どうぞー」


澄んだ声だな、と素直に思ってしまうほどよく通る声の女性だった。


薄茶色の髪を上の方で一つに結んでいて、どこかキリッとした雰囲気を感じられる受付嬢。


「今日はどうされました?」


「午前中に受けた依頼が完了したので報酬を貰いに」


俺は机の上に討伐した獲物のツノや採集した鉱物を乗せた。


その瞬間に受付嬢の顔に一瞬驚きが滲んだ。


「これは今日の依頼ですか?」


「え、午前中のですけれど……」


「随分と仕事が早いのですね」


「もう三年目ですから」


「三年目はまだ初心者だと思いますが……」


いつもの受付嬢は慣れていてこんな言葉を言われたことがないので、素直に少し嬉しかった。


私語が一つもない受付嬢もいるが、急いでいない俺にはこれくらいが丁度良い。


割とこの受付嬢への印象が上がっていたが、俺はまだこの受付嬢の秘密を知らなかった。



「では確認させて頂きますね」



受付嬢が机の上の確認を済ませているので、当たり前のように俺の視線は机の上に向いていた。


しかし、突然動きが鈍くなる目の前の受付嬢の確認の手。


そして、聞こえたのは……






「すぅ……すぅ……」






どう考えても可愛らしい寝息。


バッと顔を上げた俺の目の前には、すやすやと眠っている受付嬢の姿があった。


「!?!?!?」


突然寝たのか……!?


にしても突然すぎるだろう。


驚きで頭が働かないのに、目の前の受付嬢はカクンカクンと首を動かして眠っている。


しかも、隣のカウンターとの仕切りに頭がぶつかりそうになっている。


咄嗟に手を出して受付嬢の頭を支えた瞬間……受付嬢が目がぱちっと開いた。


俺と目が合うと、ぽぽぽっと顔が真っ赤に変わっていく。


「大変申し訳ありません……!」


受付嬢の慌て具合は凄くて、先ほどの冷静な雰囲気とは全く違う。


「あの……! えっと、違うんです! どうしてもご飯を食べると眠くなってしまうタイプで……! でも、今までこんなことは一度もなかったというか!」


声が段々と大きくなっていく受付嬢。


俺は慌てて後ろを確認したが、俺の後ろに並んでいる冒険者はいない。


ギルド自体も先ほどより混んでいないようだった。


俺は受付嬢と目を合わせて、出来るだけ動揺を悟られないように笑う。


「落ち着いて下さい。別に気にしていません」


受付嬢は我に返ったのか、もう一度「申し訳ありません……」と謝った。


「昔からご飯を食べるとすぐに眠くなってしまって……少しでも仮眠を取ると大丈夫なのですが、今日は時間がなくて」


先ほどの混み具合を確認するにお昼休みも短かったのだろう。


受付嬢は誤魔化すように討伐完了書類を俺に差し出した。


「内容を確認してサインをいただけると……」


目の前に差し出された今日の依頼三件分の依頼完了書類。


しっかりと読めば10分はかかるだろう。


その時、俺はピンと閃いた。


「あの、仮眠ってどれくらいいるんですか?」


「え……? いつもは10分か15分ほど取っていますけれど……」




「じゃあ、俺が書類を確認している間に寝ていていいですよ」




「っ!?」


「もう慣れているので聞くこともないですし。それにカウンターには仕切りがあるので後ろに並んでいる人がいなければ見えませんよ」


「そんなこと許されるわけ……!」


「たまには良いと思いますよ。それに俺はちょっとのズルは推奨派です」


さらっとそう言い放った俺に受付嬢は呆気に取られたようだった。


「ふふっ、おかしい人ですね」


もうこの受付嬢にクールのイメージは一切無くなっていた。


むしろ柔らかくてほがらかなイメージ。


「ちゃんとお客さんが来たら起こして下さいね」


「はい」


「それと今日だけですからね……!」


「もちろん」


受付嬢はどこか恥ずかしそうにしていたが、すぐに眠りについた。


次は隣のカウンターとは反対の壁に寄りかかって眠っている。


俺はゆっくりと書類を確認し、サインを済ませていく。


顔を上げればすやすやと気持ちよさそうに眠っている受付嬢。


案外、嫌な気持ちはしなかった。



10分後。



「書き終わりましたよ」


俺の声にパチっと受付嬢の目が開く。


しかし、すぐに俺と視線を逸らしてしまって何を言いたそうにしている。


「どうしました?」


「うう、いえ……ジークさんにお見苦しいところを見せてしまって……」


「気にしてませんよ」


本当に気にしていないし、「ジークさん」と呼んでくれるようになった時点で少しは気を許してくれたのだろう。


それに……


「折角なら謝られるより、お礼が聞きたいですね」


「っ!…………ジークさん、ありがとうございます……」


「どういたしまして、ラナさん」


「!? どうして名前を!」


「名札が付いているじゃないですか」


俺はいつも担当してくれている受付嬢も名前で呼ぶことが多い。


というか、親しみを込めて名札の名前で呼ぶ冒険者が多い。


ラナさんは話を逸らすように書類に目を通し、「依頼完了です」と受付嬢らしく凛と言い放った。


「では、俺は帰りますね」


「っ! 待って下さい……!」


「?? 何かありましたか?」


「あの……えっと、、、実は最近忙しくて仮眠を取る時間がなかったんです。本当にありがとうございます……」


「……」


「ジークさん?」


「……じゃあ、またたまにここに並びますね」


「え?」


「ラナさんの仮眠……いや、お昼寝のお手伝いをしますよ」


「!?!?!?」


それだけ言い放って俺はギルドを出ていく。


最後に見たのは驚きに溢れたラナさんの表情。



これからお昼寝したい受付嬢と受付嬢のお昼寝を推奨する冒険者の物語が始まります。



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