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第15話:Presence of Friends

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インターハイ東京都第1・4支部予選。

男子棒高跳び決勝の全選手の競技が終了した。


結果は、以下の通りとなった。


第1位、高薙 宙一(継聖学院・高2) 記録:4m70cm

第2位、伍代 拝璃(羽瀬高・高2)記録:4m70cm(2)(※1)

第3位、高薙 皇次(継聖学院・高1)記録:4m50cm


第4位、江國 途識(継聖学院・高1)記録:4m50cm(3)



若越 跳哉(羽瀬高・高1)記録:記録無し



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今年度の4月1日以降に記録した公認記録が、参加標準記録に達していれば東京都大会本戦に出場できる。

男子棒高跳びの参加標準記録は3m40cm。

先に公認記録会に参加していた宙一以外の選手は今回が今年度初の公認記録戦となる為、記録の無い若越以外の4人は自動的に都大会に出場する権利を得た。



時刻は12:30を目前にしており、トラックでは女子100mの第1支部の決勝レースが始まろうとしていた。

羽瀬高の控えベンチエリアには、その後の第4支部決勝に進んだ諸橋と紡井が、決勝レースの招集に向けての出発の準備を整えていた。

その2人を、2年生部員の丑枝 彩芽うしえだ あやめと1年生の高津が必死に鼓舞している。

マネージャーの桃木、巴月と男子1年部員の蘭奈と紀良も共にエールを送った。

男子部員の泊麻、七槻は、女子レースの後に控える男子100m決勝に向けて最終調整の為、サブグラウンドにいるようだ。

予選敗退となった音木も、2人のサポートの為控えベンチに姿はなかった。


室井や倉敷、長距離メンバーは、既に観客席で他競技を観戦しながら2人の出番を待っていた。



その控えベンチに、競技を終えた伍代が戻ってきた。


「拝璃!お疲れ様!惜しかったね…!」


伍代の姿を真っ先に見つけて声を掛けたのは桃木であった。

他の部員たちも、口々に伍代へと称賛の声を掛ける。


「流石ね、伍代くん。」


「まぁ、君にとって本番はもっと先のステージって感じよね。これからも期待してるよ。先輩として!」


諸橋と紡井は、決勝レース前ということを感じさせない雰囲気で伍代を労った。


「諸さん、紡さん、ありがとうございます。お2人も決勝、頑張ってください!」


伍代はそう言って、2人とハイタッチした。

その背後から、桃木が小声で伍代に耳打ちをする。


「…ところで、若越くんの姿がないけど…まさか置いてきたわけじゃないでしょうね!?」


桃木の表情はかなり険しかった。

彼女の言う通り、競技終了後から若越の姿を見た者はいなかった。


「…んなわけねぇだろ?…俺も分かんねぇんだ。気がついたら姿を消しててさ…。」


「…若越くん、いないんですか?」


2人の会話に割って入るように、巴月がそう言った。


「…あぁ。どこ行ったか俺もさっぱり。

あいつが競技終わってから、一言も話してない…と言うより、話してくれなかったから…。」


伍代がそう言うと、巴月は慌てて蘭奈と紀良を呼んだ。

巴月が事情を2人に説明すると、3人の意見が一致したように3人が同時に頷いた。


「…僕たち、あいつの事探してきます。」


「伍代先輩は休んでてください!必ず連れてきます!」


紀良と蘭奈はそう言うと、巴月と共に3人でベンチを後にした。


「…大丈夫かなぁ…。」


桃木は3人の背中を見守りながらそう呟いた。


「…まぁ、あいつらに任せよう。

同じ1年生同士にしか出来ない事かもしれないし。」


そう言う伍代の表情も、不安を隠せずにいた…。




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スターターピストルの音が鳴り始めて、競技場では女子100mの決勝レースが始まったようだ。


競技場の外にある公園に辿り着いた1年生3人は、ベンチで佇む若越の姿を発見した。



「…こんな所にいたのか、若越。」


紀良はそう言うと、呆れたようにため息を吐いた。


「…大丈夫?具合悪い?」


巴月はそう言うと、持っていた選手用のスポーツドリンクを若越に手渡した。


「…なんで…ここに…。」


若越は呆然とした表情のまま、3人を見渡した。

巴月に手渡されたドリンクを受け取ると、若越の隣に蘭奈が座り込んだ。

蘭奈は勢いよく若越の肩に手を回すと、大きなため息を吐いた。


若越の体に一瞬の震えが起こる。

大きなラベルを持ちながらも不甲斐なく終わった自分の結果に、唯一の仲間たちにも呆れられてしまったのか。

そう思う若越の表情は益々曇っていった…。


「…全く、何落ち込んでんだ?」


しかし、蘭奈のその一言に若越は驚いた。

若越の中で様々な感情が入り乱れる。

それは、怒り、喜び、悲しみ、焦り、安心、後悔…少しの衝撃で破裂しそうな風船のように溢れていた。


「俺たち、まだまだ落ち込む時じゃねぇだろ?

…まあ、お前の気持ちの全てを分かってあげられないけど…。

でも、少なくとも俺はお前を見て、負けたくねぇ!って思った。」


蘭奈の言葉は支離滅裂だった。

それでも、蘭奈が若越に言いたい事の意味は、不思議と若越も感じていた。


「…なんでだよ。俺は負けたんだぞ?

記録もあったし期待もされてた。それなのに跳べなかった。

こんな俺に、なんで負けたくねぇなんだよ…。」


若越が強い口調でそう言った。

整理の付かない若越の思いが、蘭奈の意思を素直に受け止められていないようにも思える。


そんな若越に、蘭奈は折れる様子はなく、真っ向からぶつかるように言い返した。


「はぁ?知らねぇよそんな事。

記録があった?期待があった?そんなの俺には関係ないね。

俺はただシンプルに、ちょっと先行く同級生に負けたくない。お前と同じ舞台に早く立ちたい。それしか思ってない!」


蘭奈の素直な気持ちに、若越は驚いて目を見開いた。


「お前、もしかして自分1人で戦ってるとか思ってんのか?

そんなのは、中学生までだ。

俺たち陸上選手は、確かに競技が始まれば個人戦だよ。

自他校のライバルたちと競い合う、自分自身と競い合う、な。

だけど、同じフィールドで同じ学校の名前背負って戦う"仲間"でもあるだろ?

俺たちは、"仲間"で"ライバル"なんだよ。

1人で戦おうとすんなよな。」


蘭奈の言葉に、若越はハッとした。

高校生という年頃には恥ずかしいと思ってしまうような事を、蘭奈という男はサラッと言ってしまう。


「…俺もそう思うよ。

俺は今日まで、陸上競技自体そこまで知らなかった。

これまでは俺も、陸上って1人で戦うもんだと思ってた。

けど、陸上部に入部してからはもちろん、今日の先輩たちを見てて、1人だけど"独り"じゃないんだって思った。

…今日は、"仲間"として一緒に戦えなくてごめん。」


蘭奈の言葉をフォローするように、紀良がそう言った。


「若越くん。私たち、確かにまだ出会って1ヶ月くらいだけど、同じ部活の"仲間"だと思ってるよ。

これからは、1人で追い込まないで。私たちの事も頼っていいからねっ!」


巴月も眩しい程の笑顔でそう言った。

若越の目に薄っすら涙のような物が現れたが、それを堪えるように若越は大きく深呼吸した。


「お前と同じかは分かんないけど、俺だって同じ学校の同級生が悔しい思いをしたのなら悔しい!

高校生だけど、スポーツ選手なんだ!負けたら悔しい!」


何故か、そう言う蘭奈も少し涙目になっていた。

うるさいし熱苦しい男だが、それだけではない。


「…だから、次は勝とうぜ若越っ!次の大きな大会は新人戦だ!俺たちの本当のデビュー戦。

そこで俺も紀良も、もちろんお前も一緒に大きい大会行こうぜ!目指すとかじゃねぇ。行くんだよ!若越っ!」


そう言って、蘭奈は若越の背中を思い切り叩いた。

その威力に若越は一瞬険しい表情をしたが、すぐにフッと笑った。


「…確かに、みんなが言う通りだ。まだ全てを吹っ切れたわけじゃないけど…少しは気が楽になった気がする。」


そう言う若越の僅かな笑顔を見て、3人は安心した。

それも束の間、競技場のアナウンスが第1支部の女子100m最終組を紹介し始めていた。


「…じゃ、もうすぐ先輩たちも走るし、私たちも戻ろっ!」


巴月のその一言で、3人は競技場へと戻って行った。



曇り空が、少しずつ午前の晴れ模様へと戻っていく…。


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