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第77話


 聞きたいことはまだまだある。

 私は、次の質問を『死よりの者』にぶつけることにした。


「あなたが先程から使っている『該当者』というのは何なの? ランダムで決められるの?」


≪ この世界の魂は輪廻転生を繰り返します。しかし転生を繰り返す際に、少量の魔力が魂に蓄積されていくのです。人によって魔力量が違う理由はこれです。 ≫


 ローズはかなりの魔力量を保持している。

 ということは、該当者というのは。


≪ 魔力の溜まりきった魂は、これ以上転生を繰り返すと世界に悪影響を及ぼすと判断され、我々の世界に棄てられます。我々の世界は、いわゆる魂のゴミ箱なのです。 ≫


「酷い……」


≪ 自力でゴミ箱から脱出できるわけもなく、ゴミ箱の中で我々は永久の時を過ごすしかありませんでした。死ぬことが出来たらどれだけ楽だろうと絶望しながら。 ≫


「だから『死よりの者』は、浄化されることを望んでいたのね」


 死ぬことの出来ない『死よりの者』にとって、浄化による魂の消去は救いだったのだ。


≪ 『死よりの者』という呼び方が日本で名付けられたことを知っていますか? 日本では、近くに位置しているもののことを『寄り』と表現するのです。死の近くに位置していながら死ぬことの叶わぬ者。それが『死寄りの者』です。 ≫


 知らなかった。

 『死よりの者』は「死の世界よりやってきた者」という意味だと思っていた。

 死ぬことの出来ない「死に寄っている者」という意味だったなんて。


「本当に酷い世界ね」


≪ ですが、希望もあります。奇跡的に現在、“扉”と“聖女”が揃っているのです。しかもこんなに近くにいる。こんな奇跡は、日本でのあのとき以来です。 ≫


「うん……」


 こんな話を聞いてしまうと『死よりの者』を救ってあげたくなる。

 しかし人間を襲うのでは、軽率に扉をあけて『死よりの者』をこちらの世界に招くことは出来ない。


「どうしてあなたたちは人を殺すの?」


≪ 人を殺すと“聖女”が浄化してくれると、我らの中で周知されているからです。我らは同じ情報を共有しています。誰かの得た情報は、全員に周知されるのです。 ≫


 クラウドコンピューティングのようなものだろうか。

 『死よりの者』は、誰でもアクセスをすることの出来る情報データを共有しているようだ。


「それなら、もし私が『人を殺さないなら扉をあける』と約束したら、人を殺さないでくれる? この情報も共有されるのよね?」


≪ 情報は共有されます。ですが、その情報を受けてどう行動するかは個人の裁量によります。あなた様が町で出会ったあの子のように、「“扉”と話がしたい」という理由であなた様を追いかけ回す個体だっているのです。長く生きている者は聡明な場合が多いですが、あの子のようにゴミ箱に棄てられたばかりの者はまだ浅慮ですから。 ≫


 もちろんそれもあるだろうが、きっとそれだけではない。

 たぶんあの子は、まだ子どものうちに死んでしまったのだ。


≪ ですので、他の個体の行動に関する約束は出来ません。ですが扉はあけてほしいのです。同胞を救うには、まずあの世界から出さなければいけませんから。 ≫


「正直なのね。嘘でも約束すると言えばいいのに」


≪ 嘘はすぐに剥がれます。その結果残るのは不信感だけです。我は“扉”に不信感を抱かれたくはないのです。 ≫


 ふと、一緒に森に来たセオは何をしているのだろうと確認すると、二羽のフクロウと戯れていた。

 すぐに動物と戯れるなんて、童話のお姫様のようだ。


 セオのメルヘンな姿に少し和んだところで、私は重い話を再開することにした。


「日本にいる『死よりの者』はどうなったの?」


≪ あそこは島国です。長距離を泳げるものか飛べるもの以外は、島を脱出することが出来ません。島を脱出したものも、新しい“聖女”がどこにいるのか分からないため、彷徨い続けていたことでしょう。 ≫


「でも聖女がどこにいるのかを知られてしまった。そしてその情報は共有されている」


≪ その通りです。日本を脱出することの出来る個体は、聖女のもとを目指すでしょう。 ≫


「これからどんどん『死よりの者』が集まってくるってこと!?」


 聖女であるウェンディの居場所が知られてしまったのは、私が学園内で扉をあけて『死よりの者』とウェンディを対面させてしまったせいだ。

 この件に関しては私が戦犯な気がしてきた。


 待って。セオ経由で伝わる可能性もあるじゃない?


 ……いいや、きっとセオは聖女ウェンディの居場所を『死よりの者』には伝えないだろう。

 今ウェンディがいるのは、エドアルド王子が通っているハーマナス学園だ。

 運悪くエドアルド王子が『死よりの者』と出くわして、襲われてしまうかもしれない。

 エドアルド王子の側近であるセオが、王子を危険に晒すとは思えないのだ。


 やっぱり、私がやらかさなければ、『死よりの者』が集まってくる事態は避けられていた。

 それなら、やらかした責任を取るのは私の役目のはずだ。


「私がウェンディを上手く使って『死よりの者』を浄化させるわ。だから人を殺すことは止めさせて」


≪ 分かりました。“扉”の言葉を信じるかどうかは個体によるでしょうが、情報は伝えます。 ≫


「ありがとう」


 これ以上の死人は出させない。

 そのために、私は。






――――――ガチャリ。




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