「セオさん、見つけた!」
「ローズ様? 自分に何か用ですか?」
やっとのことでセオを見つけた私は、逃がさないとでも言うようにセオの腕をがっしりと掴んだ。
「セオさん、この前の転移魔法陣で私の屋敷まで行くことは出来ませんか!? 馬車で屋敷まで向かったら、最低でも片道五日間はかかるってナッシュが言っていたんです! でも私はすぐに屋敷へ行きたいんです!」
「ええと……何の話でしょうか?」
息を切らせながら矢継ぎ早に言葉を口にする私に、セオは困惑していた。
当然だ。これでは伝わるものも伝わらない。
息を整えながら、今度は順序立てて話す。
「実は今朝、お母様が倒れたという手紙が届いたんです。だから一刻も早くお見舞いに行きたくて。でも馬車で向かっては、最悪の場合に死に目に会えない可能性があるので……」
私の話を聞いて状況を把握したセオは、しかし静かに首を振った。
「転移魔法陣は転移先にも同じ魔法陣を描いていないと発動しません。そして魔法陣を描く術者は同一でなければなりません。あまり使い勝手の良い魔法でもないんです」
「そんな……どうにかなりませんか!?」
「残念ながら、自分にはどうにも出来ません」
他に馬車よりも早く移動できる方法は無いだろうか。
例えば空を飛ぶとか……でもそんな魔法は習っていない。
習っていたとしても、馬車で五日間の距離を移動できるかは怪しいものだ。
空を移動できるなら、障害物も無いだろうから最短距離で屋敷まで行けるのに。
「空を、飛ぶ……?」
最近、空を飛んで長距離移動をした者の話を聞いた。
日本からセオの曾祖母を逃がした『死よりの者』だ。
「セオさん! 昨日の『例の方』に運んでもらうことは出来ませんか!?」
壁に耳あり障子に目ありとも言うので、念のため『死よりの者』のことを『例の方』と呼ぶことにした。
セオにならこれで通じるはずだ。
「彼は世間から身を隠しているのです。空を飛んで移動だなんて行為は目立ち過ぎます」
「夜だったら!? 夜に移動したら、暗くてよく見えないはずです。もちろん私も黒いローブを羽織って夜空に紛れます!」
「……どちらにしても、自分の一存では決められません。彼自身に聞いてみないと」
「お願いです! どうしても屋敷に行きたいんです!」
私が必死に頼み込むと、セオは首を縦に振ってくれた。
「聞くだけ聞いてみます。ですが断られた場合、自分では彼の意見を変えることは出来ません。それでもいいですか?」
「ありがとうございます!」
私は掴んでいたセオの腕から手を離し、今度はセオの手を両手で握って感謝を伝えた。
「屋敷まで運ぶのはローズ様お一人で良いんですよね?」
「ええ、私一人……」
言いかけて、ハッとした。
屋敷に連れて行くべき人物が近くにいるではないか。
どんなケガも病気も治してしまう、凄腕の治癒魔法使いが!
「もう一人連れて行きたい人がいるんです。交渉はこれからになりますが、絶対に連れて行きたい子がいます!」
「子ということは、その方の体重は軽いんですよね?」
軽いどころかミゲルは痩せすぎで肉がほとんど付いていない。
「ものすごく軽いです! 私と足して大人一人分くらいです。それなら運べますよね!?」
「……いいえ。彼一人で全員を運ぶのは難しいでしょうね。短距離ならまだしも、馬車で五日間かかる距離ですから。ローズ様と自分だけなら頑張ればいけるでしょうが」
「セオさんも屋敷に来るんですか?」
「もちろんです。さすがにすべてを彼任せにすることは出来ませんから。ローズ様は公爵令嬢であり、王子殿下の婚約者ですから」
考えてみると当然だ。
『死よりの者』任せにして私に何かがあったら、セオの首が飛ぶだけでは済まない。
あらためて、自分がセオにとんでもない頼みごとをしているのだと痛感する。
「じゃあ彼に運んでもらう方法は無理なんですね……」
公爵夫人に娘の顔を見せることが出来る上に、ミゲルの治癒魔法で病気を治すことが出来る妙案だと思ったのに。
時間はかかるが、馬車で行くしかないのだろう。
到着するまで公爵夫人の身体は耐えてくれるだろうか。
がっくりと肩を落とす私の耳に、セオの声が響いてきた。
「彼一人では無理でしょうね。ですが彼の仲間が協力してくれるなら、話は別です。彼によると、幼い頃のローズ様が開けた扉から出てきた彼の仲間が、この国のどこかにいるそうです。彼に頼めば情報共有で仲間と話を付けてくれるかもしれません」
私は、がばっと顔を上げた。
希望の光が差した気分だった。
「ですが、あまり期待はしないでくださいね。あくまでも、ローズ様の話に乗るかどうかは彼の決めることですから」
「協力してくれたら、私も今後全力で浄化に協力すると伝えてください!」
「……分かりました。伝えておきます」
楽観のし過ぎは良くないが、希望が見えた気がする。
あとはミゲルに話をつけに行くだけだ。
……とその前に、町への外出許可をもらわなくてはならない。
次は生徒会室に行こう。
先生に外出許可を頼むよりは、生徒会長のエドアルド王子に頼んだ方が、柔軟に対応をしてくれそうだからだ。