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第82話


「……というわけで、エドアルド王子殿下には外出許可を出してほしいのです」


「こういうときだけ頼られるのは複雑な心境だなあ」


 私に外出許可を出してくれと頼まれたエドアルド王子が苦笑した。


「久しぶりにローズから会いに来てくれたと思ったら、こんな事務的な話だなんて」


「婚約者なのに会いに来なかったのは……すみません。ですが、どうしても外出許可が必要なんです」


「町へ行くのは、公爵夫人の件が関係しているのかな」


 ローズの婚約者であるエドアルド王子は、公爵夫人とも知らない仲ではない。

 きっと協力してくれるはずだ。


「はい。どうにかなりませんか?」


「……外出許可に関しては出しても良いが、一人で町を歩くのは良くない。町へ行くなら護衛を付けて。これは絶対条件だよ」


 予想通りエドアルド王子は私の外出許可に関して対応してくれるらしい。

 護衛の件も、ローズが公爵令嬢だという点を考慮すると当然の要求だ。


 エドアルド王子は、私と一緒に生徒会室に来たセオに目線を向けた。


「適任がいないなら彼を護衛につけようか? 体術はからっきしだが、魔法は得意だからね。それに大人の男が近くにいること自体が防犯にもなる」


 その通りかもしれないが、セオにはすでに頼みごとをしている。

 私の護衛についたせいで『死よりの者』との交渉が遅れては困るのだ。


「護衛はナッシュに頼みます。公爵家から護衛として付けられているのは彼ですから」


「そうかい? それなら君と彼の二人分、外出許可を申請しておくよ」


「対応ありがとうございます」


 良かった。これで問題なく町へ行くことが出来る。

 ミゲルとの交渉は難航するかもしれないが、一歩前進だ。


 そのとき、生徒会室のドアがノックされた。


「失礼します。ウェンディです」


 もう私の話は終わるところだったので、エドアルド王子はウェンディを生徒会室の中に招き入れた。


「エディ、見てほしい書類が……」


「エディ?」


 ウェンディは確かにエドアルド王子に向かって、エディと言った。

 これは原作ゲーム内のウェンディルートで、エドアルド王子と仲良くなった際に使われる呼称だ。


 この世界にいると分かる。

 これが如何におかしいことなのかを。


「ウェンディさん。自国の王子をエディ呼びはどうかと思うわ」


「学園内では外の身分は関係ないので、別に良いのではないでしょうか」


「そうかもしれないけれど、さすがに王子殿下を愛称で呼ぶのはどうなの?」


 原作ゲームでもローズはこの件をウェンディに怒っていた。

 あのときはローズが嫉妬から嫌がらせをしているのかと思ったが、ローズは単に常識的な感覚を持っていただけなのかもしれない。


「ローズ、良いんだよ。みんな僕に気を遣うからね。エディ呼びは新鮮だよ」


「ですが、エドアルド王子殿下」


「そんなに怖い顔をしないで。むしろローズも僕ともっと親しく話してくれると嬉しいな。敬語じゃなくてね。ウェンディのように僕のことをエディと呼んでも構わないよ」


 そう言ってエドアルド王子は爽やかに笑った。

 白い歯が眩しいが、今は求めていない。


 事件の取り調べで柔和な刑事と怖い刑事がセットになっているように、エドアルド王子が柔和な態度なら、ここは婚約者の私がビシッと言うべきかもしれない。


 私はウェンディを睨むと、厳しい口調で伝えた。


「ウェンディさん。いくら王子殿下が優しいからと言って、それに甘えることが正解なわけではないわ。きちんと自分の頭で考えて、身分をわきまえた言動をしなくてはいけないの。あなたは王子殿下のことを愛称で呼ぶ身分ではないわ」


「私は聖女です」


 ウェンディが不満そうに口を尖らせている。


「聖女は王子殿下よりも身分が上なわけではありません。王子殿下と対等でもありません」


「ローズ、もうそのくらいで」


 ウェンディに厳しい言葉を投げ続ける私をエドアルド王子が止めた。

 しかし私はくるりと向き直ると、今度はエドアルド王子に攻撃対象を変えた。


「王子殿下も王子殿下です!」


「えっ」


「生徒にフレンドリーな生徒会長は良いとは思いますが、同時に王子殿下は一国の王子です。ただの生徒会長ではないんです。生徒たちに不敬を許してはいけません」


 私は言いたいことを言うと、今度はエドアルド王子に頭を下げた。


「そして私も、王子殿下に対してこのような差し出がましいことを言うべき立場ではありません。申し訳ありません」


「……いや、ローズは言っていい立場だと思うよ。僕の婚約者なんだから」


 私はこれには応えず、もう一度頭を下げると、生徒会室を出て行くことにした。

 これ以上ここにいても、私は良いことを言いそうにないから。


 会ったことがないからショックを受けていないとは言いつつ、私は公爵夫人のことで気が立っているのかもしれない。

 ローズには次々と不幸が降りかかっているのに、ウェンディがのほほんと幸せそうな顔をしてローズの婚約者に近付いてきたから。

 今度は婚約者を奪われるという不幸が降りかかる気がしたのかもしれない。


「……外出許可を出して下さってありがとうございました。感謝いたします、王子殿下」


「あっ……ああ、うん」


 私は、エドアルド王子に再度礼を述べると、生徒会室を出て行くことにした。


「あのさ、ローズ。僕に言いたいことは自由に言っていいからね。僕は肯定しかしない相手を妻に迎えたいと思うほど愚かではないつもりだから。それにもっと親しく話したいというのも本心だよ」


「ありがたきお言葉です」


 私が恭しくお辞儀をすると、エドアルド王子はゆっくりと長い息を吐いた。




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