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第2話 賑やかで愛しい日々

 冒険者たちは、王太子殿下が宰相補佐に長い受付台から引っ剥がされるまで、掲示板で依頼書をチェックするのがお約束だ。

 この冒険者ギルドには依頼が豊富にあり、依頼料も割が良いため、ガツガツしている冒険者は少ない。

 だから新人冒険者が来ると、気のいい先輩冒険者がアドバイスをしてくれる。


「お、新人。この依頼はどうだ?」

「うーん。薬草採取ですか? お金も稼げないし、経験値も積めないですよね?」

「その分、安全だ。地道に積み上げていくほうが、死ぬよりもレベル上げには有効だろ?」

「ひっ。死ぬ?」


 新人冒険者のフレッシュな反応に、強面の冒険者たちは笑い声を上げた。


「ハハハッ。そうだぞー。身の丈に合わない依頼を受けても、クリアできなきゃ違約金取られるし。死んじまったらレベルがどうのこうのとか関係なくなるからな」

「ひぃぃぃ。はいっ。気を付けます」


 強面の冒険者たちに怯える様子もなく馴染んでいる新人冒険者でも、経験豊富な先輩から『死』という具体的なワードが出るとビビるものである。


(今日も平和ね)


 そんな様子を受付台から眺めながら、フレイヤは和んだ。


「フレイヤァァァァ! 戻ってきてくれぇぇぇ! また来るぅぅぅ!」

「ダメですよ、王太子殿下。しつこい男は嫌われますっ。もう遅いかもしれませんけどねっ」


 宰相補佐が来て、マリウスを引っ張っていく。


「おっ、今日は青いほうか」

「宰相補佐は何人かいるからな」

「え、そうなのか? 儂は青いのと金髪しか見たことないぞ」

「あっ、俺は赤毛も見たよ」


 冒険者たちは、ざわざわしながら青い髪の宰相補佐にマリウスが引きずられていくところを眺めていた。

 フレイヤは、その光景を視界の端にとらえながらも、無視することに決めて受付業務を始めた。


「受付番号1番の方~。お待たせしました」

「はい、お願いしますっ!」


 元気な新人冒険者が一番手だ。


「僕は、この薬草採取の仕事をしたいです。冒険者登録もお願いします」

「はい。掲示板にあるお仕事は、そちらの台に置いている書類に記入していってもらえば、受付を通さなくても出来ますからね。次回からは、そのようにお願いします」

「はい」


 元気な返事をする新人冒険者に、フレイヤは笑みを向けた。

 新人冒険者の頬がポッと赤くなる。

 フレイヤは、そんな反応を気に留める様子もなく話を先に進めた。


「では、冒険者登録をしますね。こちらの書類に記入してください。記入している間に次の方の対応をしますので、1つ隣の席へズレてもらえますか?」

「はい」


 新人冒険者が横の席へ移動すると、すかさず古参の冒険者が空いた滑り込む。

 フレイヤは苦笑を浮かべた。


「番号を呼ぶまでお待ちください」

「オレが2番の方なんだよ。番号札はコレね」


 古参の冒険者は強面の顔にニッコリと笑顔を浮かべて、フレイヤへと番号札を差し出した。


「掲示板のも見たんだけど、オレにとっては割が悪くてさー」

「そうですね、掲示板のものは初心者向けの案件ですから。レベル10を超えた方向けの案件は、受付からのご案内となります」

「小遣い稼ぎくらいなら、掲示板のでも楽でいいけど。ちょっと懐具合が厳しくてさ。オレはレベル20なんだけど、なんか割のいい依頼あるかな?」


 フレイヤは慣れた手つきで魔法道具をササッとチェックする。

 この冒険者ギルドで扱う案件はレベル上げ向きではないので、ここでの案件を主に扱っている冒険者はレベル20程度でも古参であれば腕は確かだ。


「それでしたら……こちらの案件などいかがでしょうか?」

「んん~魔の森かぁ。できればエルフの森の案件のほうがいいなぁ」

「でしたら……」


 フレイヤは手元の魔法道具で、古参の冒険者の条件に合う案件を幾つか見繕った。


「こちらなどはいかがでしょうか?」

「ん、コレがいいかな。じゃ、この案件を受けるよ」

「では手続きしますね」


 フレイヤは慣れて手つきで事務処理を行い、古参の冒険者へ依頼書を渡した。


「ご安全に」

「分かってるよ、フレイヤちゃん。レベル上げにも、稼ぐのも、体が資本だからな」

「ふふふ。頑張ってくださいね。では次の方~。受付番号3番の方~。お待たせしました」


 ガハハと笑って去っていく後ろ姿を見送りながら、フレイヤは次の冒険者を呼んだ。


(マリウスに婚約破棄された時には、どうしようと思ったけど……ここでの生活もわたくしには合っているわ)


 マリウスが婚約破棄だ、婚約解消だ、と騒ぎだした時、フレイヤは困惑した。

 当時のフレイヤは19歳。

 王妃教育は終了し、実務の習得に入っていた。

 21歳のマリウスの仕事を手伝うことがそれにあたるのだが、彼自身は自覚が全くなかったのだ。

 マリウスも若かったため、自分の仕事と他人の仕事の区別が充分についてはいなかった。

 フレイヤの仕事はフレイヤの仕事として存在すると思っていたのだ。


 そんなわけはない。

 フレイヤは未来の王妃であり、未来の王太子妃に過ぎない。

 将来困らないように前倒しで仕事を覚えましょうね、程度の話である。

 ガッツリ仕事をする必要があったのは、マリウスの方だったのだ。


 ところがである。

 あろうことか、蜂蜜色の髪を持つ16歳の聖女メリッサに現を抜かしたマリウスは、フレイヤのほうに仕事をガンガン振ってきたのだ。

 空いた時間でメリッサへ会いに行くという、フレイヤにとっても、メリッサにとっても、迷惑極まりない行動に出たのである。


(神殿の外の世界を知らない16歳のメリッサさま相手に、しつこく迫るなんて。本当にマリウスってキモイ)


 フレイヤは何度思ったかしれない。

 しかし公爵令嬢であるフレイヤ以上に王太子妃として相応しい女性は国内にはいなかった。

 我慢して、我慢して、我慢して王太子婚約者として相応しい行動を心がけていたフレイヤのストレスたるや半端ない。

 ところか、そんなことは丸っと無視して、マリウスはフレイヤとの婚約解消を申し出たのだ。


(渡りに船でしかなかったわ。とてもラッキーな出来事だったわね)


 婚約解消により、フレイヤはマリウスの手伝いから解放された。

 当然のようにマリウスの仕事は増えた。

 神殿も大切に育てた聖女メリッサへ迫るマリウスに激怒し、現在はどんな場面でも必ず聖騎士が護衛としてついている。

 聖騎士が男性だけだと思っていたマリウスの完全敗北だ。

 隙なく守られるメリッサに付きまとうこともできず、仕事も激増したことで、矛先がフレイヤへと向いたのだ。


(とても迷惑だわ。そのせいで心配した爺やが、わたくしから離れようとしない。わたくしは自立した冒険者ギルドの受付嬢なのに)


 フレイヤは、ちらりと爺やで執事のセバスチャンを振り返った。


「お嬢さま。そろそろお昼でございますね。休憩になさったらいかがですか?」

「そうね。そうしようかしら」

「ではサンドイッチとお茶をご用意いたします」


 フレイヤは自立しているが、お世話をしてもらえるなら甘えることにしている。

 ちょうど来客も途絶えた。

 フレイヤはセバスチャンの背中を見送りながら、窓口に休憩中の札をおいた。

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