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第3話 聖女さまのご依頼

 休憩を終えて戻ったフレイヤは、受付で待っている人物を見て驚いた。


「あら、メリッサさま?」

「お久しぶりです、フレイヤさま」


 椅子に座っていたメリッサは立ち上がると、美しいカーテシーを披露した。

 メリッサに先を譲ったらしき冒険者たちが、後ろの方に固まってコソコソと話している。


「可愛いなぁ、メリッサさま」

「あれで聖女だっていうんだからびっくりだよ」

「うん。ありゃ王太子殿下がとち狂っても仕方ないか」

「いや、俺は聖騎士のほうが……」


 ガヤガヤしている冒険者たちを眺めながら、フレイヤはメリッサに挨拶をすると椅子に腰を下ろした。


「こんにちは、メリッサさま。今日は、どのような御用でいらしたのですか?」

「あの、少々……面倒なお仕事を依頼したくて……」

「依頼ですか。でしたら、こちらの窓口ではありませんね。あちらへ……」

「いえ、フレイヤさまへ依頼したいのです」


 フレイヤは眉根を寄せて、真剣な表情を浮かべたメリッサを見つめた。


「わたくしに?」

「はい」


 メリッサは後ろに控えていた聖騎士に目配せした。

 今日の聖騎士は女性だ。

 赤い髪をした背の高い女性で、年齢は30代くらいに見える。


(聖騎士で年齢が高めの女性は珍しいわね。かなり初期に聖騎士となられた方のようだわ)


 フレイヤが興味深げに聖騎士を眺めていると、彼女は自己紹介をした。


「初めましてフレイヤさま。私は聖騎士を務めるルビーと申します」


 メリッサが嬉しそうな笑顔を浮かべて言う。


「彼女は聖騎士のなかでも特別なのです。貴族ではなく平民出身、しかも他国の出身の女性であるにもかかわらず、聖女付きの聖騎士になった人です」

「あら。それは凄いわね」


 フレイヤは驚いてルビーを見た。

 女性でも聖騎士となれるようになったのは割と最近のことだ。

 しかも平民で他国の出身となると珍しい。

 メリッサは憧れのフレイヤにお気に入りの聖騎士を認めてもらえてほくほくだ。


「聖騎士をしながら35歳で初めての子供を産んだりとかして、ともかく凄い人なのです」

「いえ、そんな……」


 メリッサの誉め言葉に、ルビーが照れくさそうに赤い髪を右手の人差し指で掻いた。


「冒険者ギルドには様々な方が来られ、異国な方との交流も盛んだと聞いております」


 ルビーの言葉に、フレイヤは頷いた。


「はい。確かに冒険者ギルドには、様々な方がいらっしゃいます。冒険者ギルドだからといって、冒険者だけが来るわけではございませんの。依頼主となる方には他国の貴族の方もいらっしゃれば、力のある豪商の方もいらっしゃいます」


(かつての王妃候補であり、王妃教育を受けたわたくしにとって、冒険者ギルドは意外にやりがいのある職場なのよね。他国の王族などもいらっしゃるし。意外と外交の場でもある)


「わたくしは、国と国との交流にも一役買っていると自負しておりますわ」

「そこでお願いがあるのですが実は……」


 その時、冒険者ギルドの扉が乱暴に開けられて、黒髪で大柄の男が転がり込むようにして入ってきた。

 ルビーが叫んだ。


「バロール⁉」

「ルビー! 姉さんっ! もう間に合わないっ!」


 ルビーにバロールと呼ばれた男は、胸のあたりから赤や青の光をランダムに放っていた。


「ヤバイぞ」

「逃げろっ!」


 手練れの冒険者たちが、ざわざわしながら建物から逃げ出したり、室内の端の方に寄ったりして動揺している。


「大変っ! あぁ、どうしましょう⁉」

「どうか弟を助けてください、フレイヤさま!」


 叫ぶメリッサの後ろからルビーが飛び出てきて、受付台の前へ座るフレイヤに迫った。

 フレイヤはレースの手袋を脱いで受付台の上に置くとスッと立ち上がる。

 後ろに控えていた執事は、フレイヤの瞳と同じ色の宝石を使った髪飾りと首飾りをサッと外すと、それを持って後ろに下がった。


「その魔核は、あなたの物かしら?」

「ちっ、違うっ⁉」


 胸の光を見ながら真っ青になって冷や汗を流している男に、嘘はなさそうだ。


(本人も慌てているところをみると、自爆というわけではなさそうね。ということは、魔核は仕込まれたもの。しかもその魔核が暴走している。このままでは、かなりの爆発になるわ)


「あなた、お名前は?」

「俺の名はバロール! そこにいるルビーの弟で、カイロス商会の副会長だっ!」


(カイロス商会と言えば、このあたりではトップレベルの大きな商会よね? その副会長ともなれば、王族とも直接会うような取引もするはず。これは陰謀の匂いがしますね)


 フレイヤが冷静に考えている間にも、バロールは胸のあたりから爆発してしまいそうになっている。


「私の弟ですっ。フレイヤさま、どうか弟を助けてくださいっ」


 弟に駆け寄ろうとしているルビーを、メリッサが必死になって止めている。


(わたくしのスキルを使う時ね)


 フレイヤは右手に力を集中させると、魔核が暴走しているバロールに近付いた。

 部屋の隅の方に集まっていた冒険者たちがざわめく。


「これはでるぞ!」

「フレイヤちゃんの秘儀!」


 メリッサと冒険者たちのキラキラと期待に満ちた視線と、ルビーの不安げな視線とがフレイヤの手元に集まる。

 皆が息を呑み見守る先で、魔力を集中させた右手がピカァァァァッと強い銀色のに光りを放ち始める。

 フレイヤは光り輝く右手を大きく開くと、バロールの不気味に光る胸を力いっぱいを叩いた。


「ご無体ご免!」


 フレイヤの大きな声と共に爆発的な銀色の光が室内に広がり、パーンという威勢のよい音が響いた。


「グハッ!」


 バロールの大きな体は、冒険者ギルドの床に少々めり込んだ。

 彼の体から発していたカラフルな光は、フレイヤの放った銀色の光に破壊されて消えた。


「……ふぅ。これで大丈夫」


 そう呟くフレイヤの額に輝く汗を、執事は白いハンカチでササッと拭う。

 見守っていた者たちは一斉にどよめいた。


「うわっ、お見事」

「毎回凄いな、フレイヤちゃん」

「おおぉ! これが噂の『ご無体ご免』!」


 魔核の処理をしてもらったバロールはポカンとしている。

 その姉のルビーもポカンとした表情を浮かべて、弟とフレイヤを見比べていた。

 メリッサは自分の手柄とでも言うように、自慢げな表情を浮かべている。

 一仕事終えたフレイヤはバロールを見て満足げに頷くとクルリと踵を返し、受付の自分の席に着いて白い手袋を優雅な仕草ではめた。


 レースの手袋や身に着けている宝石たちは、フレイヤの膨大な魔力と容赦ないスキルが暴走しないように制御するためのアイテムなのだ。


 優秀な執事は、その後ろから先ほど外した宝石を再び主人へつけると、静かに後ろへ下がったのだった。

 フレイヤは何事もなかったかのように仕事を再開した。


「受付番号12番の方~。お待たせしました」


 フレイヤの涼やかな声と、それに答える冒険者の濁声が響く。

 こうして冒険者ギルド内には、日常が戻っていった。


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