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第16話

 ギルドの朝。

 受付カウンターの裏で、サマンサはいつもより丁寧に紅茶を淹れていた。

(今日のターゲットは、“あの”オバハンマル。扱いを間違えると、精神ダメージで冒険者が引退しかねないわ……)

 ファイルには太字でこう記されていた。


【処理対象モンスター】:

 スライム・オバハンマル

 種族:年齢不詳/口撃型スライム

 見た目:透明なぷるぷる。触角にリボン付き。カワイイ。

 中身:300年生きた関西スライム界のレジェンドおばちゃん

 口癖:「あんたなぁ」「うちはなぁ」「昔はこうやった」

 攻撃方法:

 ・飴玉(相手のやる気を一時的に下げる甘味)

 ・説教ビーム(発動時、対象は目をそらすとダメージ倍化)

 問題点:味方・敵問わず“話を止められない”


「今回は、会話耐性があって、ある程度メンタルの太い人間じゃないと無理ね……」

 ちょうどそのとき、カウンターに現れたのは――

 元監査官の“仮面男”ガルムだった。

「サマンサ……怪しい依頼が続いてるぞ。お前が裏で操作してると俺は睨んでいる」

(あら、ちょうどよかったわ。耐久力があって、話を否定しないタイプ……“オバハンマル”には最適な人材じゃない)

「ガルムさん、そんなあなたにこそ受けていただきたい依頼があります。“心あたたまる交流体験”。敵対することなく、スライムと“対話”するだけですわ♪」

「……本当にそれだけか?」

「ええ。しかも、飴玉がもらえます♡」


【現場:南の街道沿い・休憩所】

 オバハンマルは、道端の岩に座るような形で鎮座していた。

 その体はやわらかく、どこかで見た“ご当地ゆるキャラ”にそっくりだった。

「おおきに〜。あんた、あたしに話し相手しに来てくれたんか?」

 ガルムは仮面を軽く押さえ、うなずく。

「会話……任務だ。どうぞ、続けてくれ」

「いやあ、あんた若いのに偉いなぁ。最近の子はな、話聞かへんねん。あたしらの頃はなぁ、朝の五時から雑巾がけして、夕方には薪割って、それから学校行ってたんやで?」

「(……長い)」

「そんでな! 今みたいにスマホもなければな! 連絡はぜーんぶ伝書トカゲや! あれ、返事くるの一週間かかったんやで!?」

「……(伝書……トカゲ……?)」

「せやけどな、うちの親は厳しかったわぁ。口答えしたら即・巨大化魔法でケツしばかれてな……あんた、ケツって言葉、今時の子ひくんやろ? でもな、昔はそれが普通やねん」

「…………」

「これ、飴やるわ。ゆず味やで。喋ると口乾くやろ。どや? 最近の若い子はこれ、舐めへんよなぁ。甘味ちゃうんか?」

「(こっちが泣きそうだ)」

 話し始めて30分――

 ガルムの目が死んでいた。

 耐久はある。だが、“関西おばちゃん口撃”の前にはあまりにも無力だった。

 最終的に、オバハンマルが「でな、これは言わんとこって思ってたんやけどなぁ!」と2度目の本題に入ろうとした瞬間、ガルムは仮面を外し、地面に正座した。

「……俺が悪かった。サマンサに嫌がらせしてすまなかった……ギルドに文句も言わん。頼むから……黙ってくれ……」


【ギルド受付】

「オバハンマル――処理完了。物理戦闘なし。“説教継続”により敵が音を上げて降伏。精神的無力化による作戦不能。現在、“魔王軍人事部・新人教育係”に転属済み」

 サマンサは、ガルムから渡された“ゆず飴”を手に取りながら言った。

「……やっぱり、言葉って人を倒せるのね♡」

 その日の業務報告の締めくくりには、こう書かれていた。

《本日、精神崩壊による処理:2件

 ・対象:ガルム(再起不能)

 ・対象:飴玉を受け取ったラルフ(「人生って甘くないッス」と言って山へ)》


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