ギルドの朝。
受付カウンターの裏で、サマンサはいつもより丁寧に紅茶を淹れていた。
(今日のターゲットは、“あの”オバハンマル。扱いを間違えると、精神ダメージで冒険者が引退しかねないわ……)
ファイルには太字でこう記されていた。
【処理対象モンスター】:
スライム・オバハンマル
種族:年齢不詳/口撃型スライム
見た目:透明なぷるぷる。触角にリボン付き。カワイイ。
中身:300年生きた関西スライム界のレジェンドおばちゃん
口癖:「あんたなぁ」「うちはなぁ」「昔はこうやった」
攻撃方法:
・飴玉(相手のやる気を一時的に下げる甘味)
・説教ビーム(発動時、対象は目をそらすとダメージ倍化)
問題点:味方・敵問わず“話を止められない”
「今回は、会話耐性があって、ある程度メンタルの太い人間じゃないと無理ね……」
ちょうどそのとき、カウンターに現れたのは――
元監査官の“仮面男”ガルムだった。
「サマンサ……怪しい依頼が続いてるぞ。お前が裏で操作してると俺は睨んでいる」
(あら、ちょうどよかったわ。耐久力があって、話を否定しないタイプ……“オバハンマル”には最適な人材じゃない)
「ガルムさん、そんなあなたにこそ受けていただきたい依頼があります。“心あたたまる交流体験”。敵対することなく、スライムと“対話”するだけですわ♪」
「……本当にそれだけか?」
「ええ。しかも、飴玉がもらえます♡」
【現場:南の街道沿い・休憩所】
オバハンマルは、道端の岩に座るような形で鎮座していた。
その体はやわらかく、どこかで見た“ご当地ゆるキャラ”にそっくりだった。
「おおきに〜。あんた、あたしに話し相手しに来てくれたんか?」
ガルムは仮面を軽く押さえ、うなずく。
「会話……任務だ。どうぞ、続けてくれ」
「いやあ、あんた若いのに偉いなぁ。最近の子はな、話聞かへんねん。あたしらの頃はなぁ、朝の五時から雑巾がけして、夕方には薪割って、それから学校行ってたんやで?」
「(……長い)」
「そんでな! 今みたいにスマホもなければな! 連絡はぜーんぶ伝書トカゲや! あれ、返事くるの一週間かかったんやで!?」
「……(伝書……トカゲ……?)」
「せやけどな、うちの親は厳しかったわぁ。口答えしたら即・巨大化魔法でケツしばかれてな……あんた、ケツって言葉、今時の子ひくんやろ? でもな、昔はそれが普通やねん」
「…………」
「これ、飴やるわ。ゆず味やで。喋ると口乾くやろ。どや? 最近の若い子はこれ、舐めへんよなぁ。甘味ちゃうんか?」
「(こっちが泣きそうだ)」
話し始めて30分――
ガルムの目が死んでいた。
耐久はある。だが、“関西おばちゃん口撃”の前にはあまりにも無力だった。
最終的に、オバハンマルが「でな、これは言わんとこって思ってたんやけどなぁ!」と2度目の本題に入ろうとした瞬間、ガルムは仮面を外し、地面に正座した。
「……俺が悪かった。サマンサに嫌がらせしてすまなかった……ギルドに文句も言わん。頼むから……黙ってくれ……」
【ギルド受付】
「オバハンマル――処理完了。物理戦闘なし。“説教継続”により敵が音を上げて降伏。精神的無力化による作戦不能。現在、“魔王軍人事部・新人教育係”に転属済み」
サマンサは、ガルムから渡された“ゆず飴”を手に取りながら言った。
「……やっぱり、言葉って人を倒せるのね♡」
その日の業務報告の締めくくりには、こう書かれていた。
《本日、精神崩壊による処理:2件
・対象:ガルム(再起不能)
・対象:飴玉を受け取ったラルフ(「人生って甘くないッス」と言って山へ)》