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【第7章 “部”として名乗る代償】

 「まだ“同好会”扱いだって知ってる?」

 朝のHR前、廊下で悠右がつぶやいた。隣には龍星。背中にはスポーツバッグ、手には朝買ったおにぎり。

 「え、まだ? あんなに動いてんのに?」

 「うん。理由は『顧問がいない』『専用予算がない』『公式試合の記録がない』の三重苦。

  優さん、それ全部解決しようとしてる。今、相当ヤバい速度で」

 「“ヤバい速度”って、どんな?」

 悠右はにこっと笑った。

 「昨日の放課後、PTA会長と交渉してた。お茶出してたよ」

 「それは……本当にヤバいかもな……」

 そして放課後。校舎裏の仮設ミーティングスペースには、見慣れないスーツ姿の男性がいた。中背で温和そうな表情。だが、視線だけは研ぎ澄まされている。

 「彼が“仮顧問候補”の天見先生。

  本来は進路指導担当だけど……協力を申し出てくれました」

 優の紹介に全員が頭を下げる。だが、天見は小さく手を挙げて言った。

 「君たちのやっていることは、すごく熱意がある。ただし、それだけでは“部”にはなれない。

  学校が『活動団体としての責任』を認めるには、外部への発信力と、社会的信用が必要になる」

 それは、つまり――スポンサー獲得と、メディア露出。

 「突然だけど、日曜の商店街イベントにブースを出すことになった。“地域連携”という名目で。

  君たちのチームで、来場者に“何か”を伝えてくれ」

 その言葉に、全員が顔を見合わせた。

 「……サッカーのパフォーマンスとか?」

 「パフォーマンスもいいけど、それより“大会を目指す意味”や“チームの存在意義”を伝えてほしい。

  面白いサッカーじゃなく、“生き方としてのサッカー”を、ね」

 その要求の難易度に、数人の顔が引きつった。

 だが、そのとき声をあげたのは――栄利子だった。

 「じゃあ、私が“絵”で伝える。みんなのプレー、感情、視線。それを一枚のパネルに描く」

 「私、それの“ナレーション”やる。……ちゃんと喋るの、怖いけど。今だけは、やってみたい」

 綾世が言った。

 「俺、ステージの設営担当する。人が通る場所、立ち止まる場所、計算してブース作る」

 孔佑の言葉に、シュンスケが「じゃあ俺、子ども向けのミニゲーム考えるわ」と続いた。

 悠右は広報チラシとSNS用素材を作成し、龍星は会場でのデモンストレーション係になった。

 そして、日曜。

 商店街の一角に、手作り感満載の「Re:Boot SC(仮)」のテントが立っていた。

 ポスターには、栄利子が描いた全員の横顔。グラウンドで見せたプレー姿をもとにした動きと表情が、1枚の絵に凝縮されていた。

 そこに添えられたキャッチコピーは――

 「僕らは、まだ“部”になれない」

 綾世のナレーションが、会場のスピーカーから流れる。

 「まだ、記録がない。

  まだ、顧問もいない。

  でも、“誰かのために走りたい”っていう想いなら――もう揃ってる」

 大人たちが立ち止まり、親子連れが耳を傾ける。

 そのあと、子ども向けのリフティング体験コーナーや、「あなたのゴールを描きます」企画で人が集まり、最終的には商店街の公式SNSでも“本日一番賑わったブース”として紹介された。

 イベントが終わったその夜。

 優が、皆の前で告げた。

 「“地域支援承認”を得られました。

  来週、正式な“部活動昇格”申請を提出します」

 全員が拍手し、喜びの声を上げる中、優の声だけが少し震えていた。

 「……ありがとう。みんながいたから、ここまで来られた」

 その声に、誰もが少しだけ涙ぐんだ。

 龍星は、小さく言った。

 「いや、“優が前にいたから”だよ」

(つづく)


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