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【第8章 同じユニフォーム、違う温度】

 新しいユニフォームが届いた日、空気は期待と緊張が入り混じっていた。

 「うわっ、これ……マジでチームっぽい」

 シュンスケが笑いながら袖を通す。紺地に銀のラインが入ったデザイン。左胸には《Re:Boot SC》の刺繍、背中には番号と、それぞれの“役割”が英語で小さく入っていた。

 「俺、“ENGINE”。たしかにプレースタイルそうかも」

 「私は“BALANCE”。うん、自分らしい」

 悠右と綾世が嬉しそうに言う。その様子を見ながら、孔佑は静かにユニフォームを折りたたんだ。

 「悪くない。……でも、俺は“TIMEKEEPER”っての、ちょっとだけ重い」

 「そりゃあ、あんた誰よりも“責任”の重さで動いてたもんな」

 龍星が笑いながら言うと、孔佑も少しだけ唇を緩めた。

 ただ、その場にいなかったのは――優だった。

 午後の全体ミーティング。彼女は来なかった。

 「熱出したとか?」

 「いや、違う」

 一就がぽつりと答えた。

 「さっき、校舎裏で会ったけど……“今のままじゃ、大会に出すわけにはいかない”って言ってた。

  “誰かが頑張ってる”だけじゃ、組織にはならない。

  全員が“勝ちたい理由”を言葉にして、他人にぶつけないと、チームとは言えないって」

 その言葉が、空気を一変させた。

 「なにそれ、急にどうしたのあの人」

 シュンスケが言う。

 「たしかに熱はない。でも、あの顔は……“どこかで引いてる顔”だった」

 悠右が静かに補足する。

 「つまり、チームは“前に進みすぎて”、優だけがそのスピードについて来られなかったってこと?」

 「違うよ」

 栄利子が口を開いた。

 「“来られなかった”じゃなくて、“来なかった”。優は、全部計算してる。

  あの人、ずっと“誰かがリーダーになる”のを待ってるんだよ。

  でも、それが“誰にも委ねられないまま”進んでるのが、今のうちら」

 全員が沈黙した。

 確かに、今やチームは自然と回っている。誰かが提案すれば誰かが補強し、課題を出せば誰かが解決する。でも、“全体を引っ張る”存在は、あの日以来、どこにもいなかった。

 その夜、龍星は優を探し、校舎裏のベンチで見つけた。

 彼女はユニフォームの試作品を膝にのせ、じっと眺めていた。

 「来なかったのかよ」

 「……行っても、意味がないから」

 「意味? なにそれ。優がいなかったら、今のチームなかったんだぞ」

 「でも、今はもう……みんなが勝手に進んでる。私がいなくても、成り立ってる。

  それが、嬉しくもあり、少しだけ……怖い」

 風が静かに、彼女の髪を揺らした。

 「私、ずっと“後ろから支える”って決めてた。

  でも……それが“逃げ”だったのかもしれないって、最近思うようになった」

 龍星は静かに彼女の隣に座った。

 「だったら、今からでも前に来いよ」

 「前に立って、何をするの?」

 「……“覚悟を示す”。リーダーって、そういうもんだろ?」

 しばらくして、優は小さく笑った。

 「じゃあ、私もユニフォーム、着ようかな。“MANAGER”って書いてあるやつ」

 「“LEADER”に書き直してやるよ。銀ペンで」

 「……それ、規定違反」

 二人の間に、ようやくいつもの空気が戻った。

 その翌朝。

 チーム全員が集まった教室の黒板に、優が自らの手でこう書いた。

 「次の公式試合、出場確定。相手:常誠高校」

 そして、その下にもう一行。

 「ここから先は、“勝たなきゃ”進めない」

(つづく)


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