「この戦術じゃ、常誠には勝てない」
放課後のミーティングルーム、静かな空気を切るように言い放ったのは孔佑だった。彼の手元には、対戦相手・常誠高校の過去5試合のデータが並んでいた。
「彼らは“前半20分で勝負を決める”スタイルを徹底してる。全体で前に出て、スピードと連携で押し切る。
つまり、守備を固めて後半にカウンター狙い……それが一番の正攻法」
「それって、うちらの良さ殺すよね?」
綾世が、眉をひそめた。
「私はもっと、前に出たい。自分のプレーが“守るため”だけになるのは、違う気がする」
「勝つためなら犠牲も必要だ」
「“勝ち方”を選ぶのも、チームの意思でしょ?」
緊張が、漂い始めた。
シュンスケが椅子の背を蹴って立ち上がる。
「だったら“攻めて勝つ方法”を考えればいいだけだろ。
守って0-0で耐えて、最後に点入れて勝つ……俺は、そんなのじゃ面白くない」
「面白さと勝率は別問題だ」
孔佑が即座に返す。
それを見て、優が止めようと一歩踏み出したそのとき――
「ちょっと待てよ」
龍星が、手を挙げた。
「どっちも正しい。でもな、今みたいに“論破しよう”ってしてる時点で、チームじゃねえ」
全員が沈黙する。
「俺たちは、“勝つために”集まったんじゃなかったか?
“誰かのために走る”って、そういうことだったんじゃないのか?」
彼の目は、どこか迷いのない光を湛えていた。
「孔佑、お前の戦術は理にかなってる。でも、その上で、綾世の“前に出たい”って気持ちを使える形にしようぜ。
守りながら刺す。安全に、だけど鋭く。それ、できないか?」
孔佑が黙り込む。だが、その表情には“納得”があった。
「……一案ある。“引き込み式ダブルボランチ”。後ろに厚みを作って、前線に一点突破の仕掛けを残す。
綾世がサイドに張って、相手のラインを釣り出す。悠右が逆サイドからカバーに入る」
「やってみたい」
綾世がすぐに応えた。
「それで私が走る理由ができるなら、怖くない」
「なら、決まりだな」
龍星が頷いた瞬間――
「……決まってない」
静かな声が割り込んだ。優だった。
「決まったのは、“試してみる価値がある”というだけ。
本当に決めるべきなのは、“誰の判断で戦術を選ぶか”ということ」
全員が彼女を見つめた。
「誰が、最終的に“選ぶ側”になるのか。
つまり――“リーダー”を、ここで正式に決めましょう」
その空気の中で、一就が立ち上がる。
「じゃあ、提案。全員で“自分以外の誰か”に投票しよう。
名前は一人。票が集まった人が、これからの“判断”を背負う」
誰も反対しなかった。
小さなメモ用紙が配られ、それぞれが名前を書いていく。鉛筆の音だけが響く教室。
回収された紙を、優が読み上げる。
「……龍星、4票」
その名を聞いた瞬間、彼は少しだけ驚いた顔をした。
「ちょ、俺? なんで?」
悠右が微笑む。
「“前に立ってくれる背中”だったから」
シュンスケが肩をすくめる。
「まとまらない場面で、言うこと言ったろ。今のチームに必要なの、それだよ」
綾世がぼそりと呟いた。
「判断を迷わない人。……そういう人が前にいれば、私はもっと走れる」
孔佑が最後に言った。
「俺は、お前が“誰かのために走れる人”だと思ったから」
龍星はしばらく黙っていたが――
「……分かった。
じゃあ俺が、“引っ張る”じゃなくて、“決める”役になる。
その代わり――俺だけじゃ、絶対に勝てないからな。覚悟しろよ」
誰もが、笑った。
その夜、チームは一つの形に変わった。
(つづく)