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【第9章 意見の衝突と、その先へ】

 「この戦術じゃ、常誠には勝てない」

 放課後のミーティングルーム、静かな空気を切るように言い放ったのは孔佑だった。彼の手元には、対戦相手・常誠高校の過去5試合のデータが並んでいた。

 「彼らは“前半20分で勝負を決める”スタイルを徹底してる。全体で前に出て、スピードと連携で押し切る。

  つまり、守備を固めて後半にカウンター狙い……それが一番の正攻法」

 「それって、うちらの良さ殺すよね?」

 綾世が、眉をひそめた。

 「私はもっと、前に出たい。自分のプレーが“守るため”だけになるのは、違う気がする」

 「勝つためなら犠牲も必要だ」

 「“勝ち方”を選ぶのも、チームの意思でしょ?」

 緊張が、漂い始めた。

 シュンスケが椅子の背を蹴って立ち上がる。

 「だったら“攻めて勝つ方法”を考えればいいだけだろ。

  守って0-0で耐えて、最後に点入れて勝つ……俺は、そんなのじゃ面白くない」

 「面白さと勝率は別問題だ」

 孔佑が即座に返す。

 それを見て、優が止めようと一歩踏み出したそのとき――

 「ちょっと待てよ」

 龍星が、手を挙げた。

 「どっちも正しい。でもな、今みたいに“論破しよう”ってしてる時点で、チームじゃねえ」

 全員が沈黙する。

 「俺たちは、“勝つために”集まったんじゃなかったか?

  “誰かのために走る”って、そういうことだったんじゃないのか?」

 彼の目は、どこか迷いのない光を湛えていた。

 「孔佑、お前の戦術は理にかなってる。でも、その上で、綾世の“前に出たい”って気持ちを使える形にしようぜ。

  守りながら刺す。安全に、だけど鋭く。それ、できないか?」

 孔佑が黙り込む。だが、その表情には“納得”があった。

 「……一案ある。“引き込み式ダブルボランチ”。後ろに厚みを作って、前線に一点突破の仕掛けを残す。

  綾世がサイドに張って、相手のラインを釣り出す。悠右が逆サイドからカバーに入る」

 「やってみたい」

 綾世がすぐに応えた。

 「それで私が走る理由ができるなら、怖くない」

 「なら、決まりだな」

 龍星が頷いた瞬間――

 「……決まってない」

 静かな声が割り込んだ。優だった。

 「決まったのは、“試してみる価値がある”というだけ。

  本当に決めるべきなのは、“誰の判断で戦術を選ぶか”ということ」

 全員が彼女を見つめた。

 「誰が、最終的に“選ぶ側”になるのか。

  つまり――“リーダー”を、ここで正式に決めましょう」

 その空気の中で、一就が立ち上がる。

 「じゃあ、提案。全員で“自分以外の誰か”に投票しよう。

  名前は一人。票が集まった人が、これからの“判断”を背負う」

 誰も反対しなかった。

 小さなメモ用紙が配られ、それぞれが名前を書いていく。鉛筆の音だけが響く教室。

 回収された紙を、優が読み上げる。

 「……龍星、4票」

 その名を聞いた瞬間、彼は少しだけ驚いた顔をした。

 「ちょ、俺? なんで?」

 悠右が微笑む。

 「“前に立ってくれる背中”だったから」

 シュンスケが肩をすくめる。

 「まとまらない場面で、言うこと言ったろ。今のチームに必要なの、それだよ」

 綾世がぼそりと呟いた。

 「判断を迷わない人。……そういう人が前にいれば、私はもっと走れる」

 孔佑が最後に言った。

 「俺は、お前が“誰かのために走れる人”だと思ったから」

 龍星はしばらく黙っていたが――

 「……分かった。

  じゃあ俺が、“引っ張る”じゃなくて、“決める”役になる。

  その代わり――俺だけじゃ、絶対に勝てないからな。覚悟しろよ」

 誰もが、笑った。

 その夜、チームは一つの形に変わった。

(つづく)


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