公式戦当日。会場となったのは、常誠高校の本校舎から少し離れた市営スタジアム。観客席には学生と関係者、地元メディアがちらほら。地方大会の予選にしては、異様に注目されていた。
「“新設チームが強豪に挑む”って話題性はあるけどな……やる方のプレッシャー、半端ねえな」
シュンスケがため息まじりに言う。だが、その手はすでにテーピングを巻き終えていた。
スタメンは、前日に龍星が発表した通り。
前線に龍星とシュンスケ。中盤に綾世と悠右。後方に孔佑と栄利子。ゴールキーパーはローテーションでこの日は一就。
控えには優が入り、試合中の全体把握と戦術サポートを担う。
キックオフ直前、龍星は全員を一列に並ばせた。
「今日は、“勝ちに行く”。遊びでも挑戦でもなく、結果を取りに行く。
でもそれは、“お前らを信じる”って意味だから。だから俺も、絶対、逃げねえ」
チーム全員がうなずき、ピッチに散っていく。
試合は、開始10分で空気が変わった。
常誠高校の前線プレスは、見た目以上に洗練されていた。パスを2本回すたびに、必ず一人が“食いついて”くる。
「早え……」
悠右が声を漏らす間もなく、中盤でボールロスト。そのままドリブル突破から一気にゴールを割られ、スコアは0-1。
開始12分。観客席がざわめく。
「落ち着け!」
龍星が叫び、ボールを抱えてセンターサークルへ戻る。
「相手が速いなら、こっちはライン下げて受けろ! 孔佑、ラインコール頼む!
栄利子、縦パス潰せ! 綾世、もっと中に寄れ!」
自らの言葉で空気を制し、前に走る。今までは“みんなで作る”だったが、今は“俺が導く”。リーダーとしての一歩目だった。
だが、その“引き受けすぎ”が、すぐに彼の足を止めた。
後半18分。
カウンターのチャンスで全速力で駆け抜けた直後、龍星の右足がピッチを滑った。
「っ……!」
そのまま、膝を押さえて倒れ込む。
審判の笛が鳴り、交代が告げられた。担架の上で、龍星は唇を噛み締めていた。
「……俺、今……倒れたら……チームが崩れる……」
痛みよりも、その事実が怖かった。
だが――ベンチから聞こえた声が、彼の意識をつなぎ止める。
「龍星が倒れたなら、今度は私たちが前に出る」
それは、優の声だった。
「判断は綾世。戦術指示は孔佑。ライン操作は悠右が引き継いで。
シュンスケ、得点はあなたの肩に乗せる。
栄利子は、感情のバランスを取って。あなたの“冷静さ”は、武器になる」
全員が動いた。
前線の指揮を綾世が担い、悠右が両サイドを制御。孔佑が新しい配置に合わせてDFラインを調整し、シュンスケが相手DFの裏へ走る。
そして――後半ロスタイム、シュンスケのシュートがゴールネットを揺らす。
スコア:1-1。引き分けでの予選通過条件を満たし、チームは次戦へと進んだ。
試合後、担架から降ろされた龍星に、皆が駆け寄った。
「……悪い、俺……」
「バカかお前」
シュンスケが真っ先に言った。
「お前が倒れたから、俺たちは“立ち方”を覚えたんだよ」
悠右が、笑った。
「リーダーって、前に立ち続けるだけが役目じゃないよ。時には“背中を見せる”ことだって、立派な導き」
その言葉に、龍星は涙をこらえながら小さく頷いた。
「次は……絶対最後まで走る」
「いいよ。でもその時は、“ひとりで”走らないでね」
綾世のその一言に、龍星はようやく、少しだけ肩の力を抜くことができた。
(つづく)