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【第10章 背負うこと、倒れること】

 公式戦当日。会場となったのは、常誠高校の本校舎から少し離れた市営スタジアム。観客席には学生と関係者、地元メディアがちらほら。地方大会の予選にしては、異様に注目されていた。

 「“新設チームが強豪に挑む”って話題性はあるけどな……やる方のプレッシャー、半端ねえな」

 シュンスケがため息まじりに言う。だが、その手はすでにテーピングを巻き終えていた。

 スタメンは、前日に龍星が発表した通り。

 前線に龍星とシュンスケ。中盤に綾世と悠右。後方に孔佑と栄利子。ゴールキーパーはローテーションでこの日は一就。

 控えには優が入り、試合中の全体把握と戦術サポートを担う。

 キックオフ直前、龍星は全員を一列に並ばせた。

 「今日は、“勝ちに行く”。遊びでも挑戦でもなく、結果を取りに行く。

  でもそれは、“お前らを信じる”って意味だから。だから俺も、絶対、逃げねえ」

 チーム全員がうなずき、ピッチに散っていく。

 試合は、開始10分で空気が変わった。

 常誠高校の前線プレスは、見た目以上に洗練されていた。パスを2本回すたびに、必ず一人が“食いついて”くる。

 「早え……」

 悠右が声を漏らす間もなく、中盤でボールロスト。そのままドリブル突破から一気にゴールを割られ、スコアは0-1。

 開始12分。観客席がざわめく。

 「落ち着け!」

 龍星が叫び、ボールを抱えてセンターサークルへ戻る。

 「相手が速いなら、こっちはライン下げて受けろ! 孔佑、ラインコール頼む!

  栄利子、縦パス潰せ! 綾世、もっと中に寄れ!」

 自らの言葉で空気を制し、前に走る。今までは“みんなで作る”だったが、今は“俺が導く”。リーダーとしての一歩目だった。

 だが、その“引き受けすぎ”が、すぐに彼の足を止めた。

 後半18分。

 カウンターのチャンスで全速力で駆け抜けた直後、龍星の右足がピッチを滑った。

 「っ……!」

 そのまま、膝を押さえて倒れ込む。

 審判の笛が鳴り、交代が告げられた。担架の上で、龍星は唇を噛み締めていた。

 「……俺、今……倒れたら……チームが崩れる……」

 痛みよりも、その事実が怖かった。

 だが――ベンチから聞こえた声が、彼の意識をつなぎ止める。

 「龍星が倒れたなら、今度は私たちが前に出る」

 それは、優の声だった。

 「判断は綾世。戦術指示は孔佑。ライン操作は悠右が引き継いで。

  シュンスケ、得点はあなたの肩に乗せる。

  栄利子は、感情のバランスを取って。あなたの“冷静さ”は、武器になる」

 全員が動いた。

 前線の指揮を綾世が担い、悠右が両サイドを制御。孔佑が新しい配置に合わせてDFラインを調整し、シュンスケが相手DFの裏へ走る。

 そして――後半ロスタイム、シュンスケのシュートがゴールネットを揺らす。

 スコア:1-1。引き分けでの予選通過条件を満たし、チームは次戦へと進んだ。

 試合後、担架から降ろされた龍星に、皆が駆け寄った。

 「……悪い、俺……」

 「バカかお前」

 シュンスケが真っ先に言った。

 「お前が倒れたから、俺たちは“立ち方”を覚えたんだよ」

 悠右が、笑った。

 「リーダーって、前に立ち続けるだけが役目じゃないよ。時には“背中を見せる”ことだって、立派な導き」

 その言葉に、龍星は涙をこらえながら小さく頷いた。

 「次は……絶対最後まで走る」

 「いいよ。でもその時は、“ひとりで”走らないでね」

 綾世のその一言に、龍星はようやく、少しだけ肩の力を抜くことができた。

(つづく)


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