「ここは……?」
世界が終わる瞬間に立ち会ったと思ったら、瞬きをすると、何も無い真っ白な空間にいた。
最初は白を基調とした部屋かと思ったが、家具どころかドアも窓も無い。
どこへ行くでもなく、ふらふらと歩いてみる。そうして思い至った。
「これが、天国……?」
思っていたよりも殺風景だ。楽園でもなければ、雲の上でもない。
「そんな……俺はまだ女の子とイチャイチャしてないのに! こんなのあんまりだっ!」
俺はその場で膝をついて嘆いた。
やりたいことはまだまだあった。いや、まだまだあったどころか、俺はまだやりたいことを何もしていない。人生を楽しむために山に籠もって修行をしていたのに、肝心の楽しみの前に死ぬなんて。
これじゃあ俺の人生は修行だけじゃないか!
『フィンレーよ、驚いておるようじゃのう』
頭を抱える俺の前に、白いひげをたくわえた偉そうな老人が現れた。
老人には後光が差しており、一目で人間ではないことが分かる。
「天国にいる爺さんってことは、あんたが神なのか!?」
俺が尋ねると、老人はひげを触りながら答えをくれた。
『いかにも儂は神じゃが、ここは天国ではないのう。ここは、時の神の固有結界内じゃ』
せっかく答えてもらったところ申し訳ないが、時の神の固有結界内と言われても、何のことだか分からない。
とりあえず天国ではないらしいが、それでも先程までの状況を考えると、とても自分が無事だとは思えない。
「俺は死んだのか?」
『この固有結界から出たら死ぬのう』
「時の神、ここから出たら死ぬ……もしかして、この空間は時の流れが止まってるってことか?」
そしてやっぱり、世界は終わろうとしている。
『ほっほっほ。理解が早くて助かるのう。そういうことじゃ。ここから出た瞬間に、世界の滅亡とともにお前は死ぬ』
状況が絶望的すぎて、起死回生の一手が思い当たらない。
それでも一縷の望みをかけて神に質問をする。
「生き残る方法はあるのか!?」
『無い。世界が終わったんじゃ。仕方あるまい』
身体中の力が抜けた俺は、へなへなと崩れ落ちた。
「そんな……俺はまだ、何も成し遂げてないのに」
俺はまだ、女の子とイチャイチャしていない。キスどころか手を繋いだこともない。
山に籠もって修行ばかりしていて、やっと堂々と町で暮らせると思ったら、世界が終わっているなんて。
こんな人生、あんまりだ!
『そうじゃ。お前は何も成し遂げなかった。せっかく世界を救う力を持っていたのに』
これまでの人生を嘆く俺に、神が不思議な言葉を投げた。
「世界を救う力? 世界は魔王にでも滅ぼされたのか?」
『それすら理解しておらぬとは。嘆かわしいのう』
神は長いひげを触りながら、俺のことをまっすぐに見た。
『この世界は、人間がスキルを使い過ぎたことによって滅びた』
「スキルが世界を滅ぼした……? スキルって、あのスキルのことだよな?」
人間が一人一つ与えられる、不思議な力。
人によってその効果は様々で、たとえば剣聖スキルなら通常よりも剣術の上達速度が早くそして強くなり、速読スキルならペラペラとページをめくるだけで本の内容が頭に入る。
そのスキルが、世界を滅ぼした?
「どういうことだよ! スキルって一体何なんだ!?」
『お前も知っておるじゃろう。スキルは、牙を持たぬ人間のために神が与えた能力じゃ』
「だから、そのスキルがどうして世界を滅ぼすんだよ!?」
もしかして世界を破壊するスキルを持っているやつでもいたのか!?
ものすごく強い、たとえば隕石を降らせるような……。
しかし俺の考えは、神の説明によってすぐに否定された。
『スキルはこの惑星のエネルギーを使用する。人間が使う程度なら問題は無いと判断して与えたものじゃが、人間は増え過ぎた。その結果、惑星のエネルギーが枯渇してしまったのじゃ』
昔と比べて、人間の数は飛躍的に増加している。これほど人間が繁殖することは、神にとっても想定外だったのだろう。
「……世界が滅んだ理由は分かった。だけど、そんな大それた事態をどうにかする力を持ってたってことか? 俺が?」
人間が増え過ぎただの、惑星のエネルギーが枯渇しただの、あまりにも規模の大きな話だ。
とても俺一人がどうこうできるとは思えない。
『お前のスキルは何じゃった?』
話の大きさに愕然とする俺に、神が質問した。
「使えないスキルだった。スキル名は……スキルホルダー」
スキルホルダーという名称から、好きなスキルを使用できるのかと思ったが、そうではなかった。
スキルを使用すると現れるファイルには、何のスキルも入っていなかったのだ。
『スキルを使おうとすると、ファイルとカメラが出現したじゃろ』
「ああ。だけどファイルには何のスキルも入ってなかった。カメラも写真は撮れたけど、それだけだった」
俺の言葉を聞いた神は、呆れたように溜息を吐いた。
『スキルを収納してもおらんのに、何かが入っているわけはあるまい』
「スキルを……収納する?」
神の言葉に首を傾げる。
スキルは個人の持つ能力のことで、物体として存在しているわけではない。
それを収納するとは、一体どういうことだろう。
『よく聞くのじゃ。スキルホルダーは、他人のスキルをファイルに収納する能力じゃ。スキルを収納された者はスキルの使用が出来なくなる。ゆえにその者が惑星エネルギーを消費することが無くなり、世界を救うことに繋がるのじゃ』
まさかスキルホルダーがそんな能力だったとは。
しかし。
「地道すぎないか!?」
俺がスキルを収納することで、惑星エネルギーを消費する者が一人減る。この理屈は分かる。
しかし、この世界に人間がどれだけいると思っているんだ!?
『地道な努力はいつか実を結ぶ。剣を極め、魔法を極めたお前なら、日々の鍛錬の重要性は知っておるはずじゃ』
「そりゃあ地道な努力は大切だけどさ……」
『一日一個スキルを収納すれば、一年で三百六十五個もスキルが手に入る。スキルがいっぱいじゃ!』
「それはそうだけど、三百六十五個のスキルを消したところで、惑星にとっては些細な問題じゃないのか?」
『いいや。今のはただの例で、一日に十個のスキルを収納すれば、十倍の速度でスキルが溜まるのじゃ』
一日に十個もスキルを集めろと!?
言うのは簡単だが、実行するのは難しいだろう。
一人一つしかスキルを持っていないのだから、毎日新しい十人のスキルを収納しなければならない。
まだスキルの集め方を聞いてはいないが、毎日新しい十人に出会うなんて、それだけでもかなり厳しい。
一ヶ月で三百人と出会わなければならないことになる。その次の月は、また新たな三百人と出会う必要がある。
どう考えても無茶だ。
「人口の多い町を探して旅をするにしても、道中には絶対に人のいない場所があるだろうし、さすがに無理だと思う」
『まあ今のは冗談じゃ』
冗談かよ!
まあ、そうだよな。現実的じゃないよな。
『正直なところ、惑星エネルギーの枯渇が早すぎるのじゃ。きっと誰かがスキルを使いまくっているに違いない。その誰かのスキルを収納すれば、惑星の寿命は大幅に延びるはずじゃ』
「今さらだが、その誰かはどこにいたんだ?」
『知らん』
「知らんってなあ……まあどっちにしろ、もう終わったことなんだろ?」
そう、すべては終わったことだ。
だって世界は滅亡する寸前なのだから。
俺も時の神の固有結界とやらから出た瞬間、世界の滅亡に巻き込まれて死ぬらしい。
だから今のは、もしも俺がスキルホルダーの能力を使っていたら、の仮定の話だ。
しかし実際には使わなかった。
だからもうおしまいだ。
『チッチッチ。このままじゃとお前は死ぬが、実は、お前を過去へ飛ばすことが出来る』
突然、神がとんでもないことを言い出した。
「生き返れるってことか!?」
『生き返るわけではない。今のお前の精神を、過去のお前の身体に飛ばせるということじゃ』
そんなことが出来るなんて、さすがは神だ。
どうせなら神パワーで世界滅亡を止めてほしいところだが、それは出来ないのだろうか。
「試しに聞くけど、あんたが世界滅亡を止めることは出来ないのか?」
『出来るならとっくにやっておるわい』
だよな。でも、この際それはどうでもいい。過去に戻れるのなら、戻りたい!
俺は、こんなところで死にたくない!
「頼む。俺を過去に飛ばしてくれ。俺の人生は後悔ばかりなんだ!」
『そうじゃろうな。世界を救う力を持っていながら、何もせずに世界を終わらせたのじゃから、後悔もするじゃろう』
「俺は、今度こそ後悔の残らない人生にしたい!」
過去に戻ることが出来たら、もう山に籠もって修行なんかしない。
もっと意味のある人生を送りたい。
死ぬ瞬間に一切の後悔をしないような、そんな人生にするんだ!
『よし。ではお前の精神を過去のお前に飛ばしてやろう。世界が終わるのは、儂の望むところではないからのう』
そして神は、両手を天に向けて伸ばした。
『時の神よ、この者の精神を過去に飛ばしておくれ!』
「あんたがやるんじゃないのかよ!」